アメリカで僕がNintendo Switchをやらなくなったワケ

はじめに

f:id:neolalu:20180609164416j:plain こんにちは、もうすぐ春学期が終わりウキウキのロサンゼルス在住の大学生 ねおらる です。

今日は、まったく読み手を意識していない文章をかいてみようと思う。

バズる気ゼロというか、知らない人に読んでもらう気のないような文章を書きたいと思う。

僕のように読者の少ない(今読んでくれている貴重な読者さんありがとう!)ブログは、少しでも読者を増やすために誰にでも読みやすい記事を書くのがセオリーということは重々承知だが、今回はただつらつらとおもったことを語ろうと思う。こんな記事、よほど僕の一挙手一投足に興味のある人しか読まないのではないだろうか。

さて、自虐と読者を辱めるのもほどほどに今日は僕の「ゲーム感」について語ろうと思う。

ゲームしてますか?

みなさんはゲームをするだろうか。大小あれ、多くの人がプレイするのではないかと思う。それはスマホアプリのパズドラやツムツムかもしれないし、Nintendo SwitchやPlay Station4 などのコンシューマーゲームかもしれないし、ゲームセンターでの太鼓の達人やユビートなどの音ゲーかもしれないし、パソコンでやるオンラインゲームかもしれない。

枚挙にいとまがないので例を挙げるのはこれくらいにするが、僕は昔からかなりのゲーマーだ。いや、正確にはかなりのゲーマーだった。小・中学生の頃などは寝食を忘れてゲームをプレイしていたので、宿題もやらず授業も体育以外は眠りこけて落ちこぼれの生徒だった。そのくせ、休み時間になるとゲーム友達と大きな声で語り合っていた。当時は学校で一番勉強していなかった自信がある。

ゲーマーねおらるアメリカへ。

そうこうして、すっかり大人になった僕は、昨年の2017年の夏に、アメリカ留学のために日本を離れようとしていた。荷造りの際に、せっかくの留学中にゲームにばかり時間を割くのはもったいがないと思い、一番のお気に入りのブルーの3DSLLとたくさんのソフトを残し、買いたてのNintendo Switchだけを抱えて日本を経った。

なんでNintendo Switchだけ持って行ったの?

スイッチだけをもっていった理由は、Switchはその製品の特性上、持ち運び可能で外でも気軽に友人とプレイできるようなソフトが多いためアメリカでの友人との親睦を深めたり、新たな友人作りの役に立つのではないかと思ったためである。Switchのソフトのポッ拳のCMでは、バックパッカーが海外の道端でSwitchをプレイして、それに興味をもった通りがかりの子供とその場で遊ぶといった微笑ましい様子がみれた。そのCMにも多少の感化を受け、そういった出会いを期待して僕はリュックにSwitchを詰めた。

アメリカ生活とNintendo Switch

実際、ホームステイ先の5歳の女の子と一緒にスニッパーズというゲームをプレイし、彼女は大喜びしていた。アメリカに到着したてて英語での会話のままならなかった僕をいくらか助けてくれたように思う。日本人学生とルームシェアを始めた今では、彼らとの距離も同じくSwitchのポッ拳やTroll and I というゲームで縮まったような気がする。しかし、アメリカにきて日本人と日本製のゲームをしているのでは本末転倒なので最近では控えるようにしている。

ゲームで友達できた?

しかしながら、一番の目的であった、外でプレイして新たな友人を作るというのは実行ができないでいる。理由は単純だ。恥ずかしいからだ。僕にはCMのようにNintendo Switchを表に出て1人でプレイするのが堪らなく滑稽に思えてならない。大学のキャンパスの中庭で、Switchを縁石の上においてプレイしている自分を想像しただけで、我ながら激しくツッコミをいれてやりたくなる。「Play it home, NERD!」という声が聞こえて来そうだ。自意識過剰な僕だから感じることなのかもしれないが、外で携帯ゲームをプレイするのはすごくオタクチックで気持ち悪いような印象があってできない。これは携帯ゲームに限った話だ。スマホゲームをプレイしているのを見てもなんとも思わない。そのため、せっかく持ち運び可能なNintendo Switchは僕の部屋でいつも鎮座している。よくよく考えてみれば、バックパッカーNintendo Switchを片手に海外放浪をしているのもなんだかおかしな話だ。せっかく海外にいったのだからゲームじゃなくてカメラでも抱えていなくてはならないはずだ。こういう「実際に買ってみて気づく」ということは、奥様方が雑誌で海外モデルの着こなした洋服を注文して自宅の鏡の前で冷静になるという現象に似ているような気がする。

ゲームへの世間からの印象

そんなわけで、僕はあまりゲームをしなくなった。量がゼロになったわけではないが、ともにやる相手がいないのだ。初対面の人に、数ある趣味の中から初めにゲームをチョイスして紹介することは僕にはハードルが高い。考えてもみてほしい。初めてあった人物が開口一番「ゲームが好き!」といってきたら少なからず偏見をもたないだろうか。世間のそういった偏見の目を批判したいわけではないが、自意識過剰な僕にはそれはできないのだ。加えて、正直に言っていまの僕にはゲームは一番の趣味ではない。読書や物書きの方が今の僕には優先順位の高い趣味だ。これらの趣味は心と体のエネルギーを使うため、気楽にできるゲームも捨てがたい趣味ではあるが表にガンガンにアピールしたい趣味といったわけでもない。しかしながら、年甲斐もなくゲームの趣味を友人知人またはSNSなどに晒け出し、果ては実況動画などまで投稿して、世間の目を憚らずゲームを全力で楽しんでいる人たちをうらやましく思うこともある。まるで、小中学生の頃の自分をみているようで懐かしく、戻りたくなるような気持ちにもなる。

そういえば...?

そして、ふと気づく。僕が小学生の頃、際限なくゲームをプレイする僕に怒り心頭の母親に、父親がよく諭すように言っていた。

「大人になれば、ゲームもやらなくなるよ。」

当時の僕は「バカだな。」と思っていた。こんなに楽しいものを止めるわけがない。むしろ、大人になっても働かず不労所得を得ながらゲームばかりしていたいと、本気でそう思っていた。思えば、ゲーム実況者やYoutuberは僕の子供の頃の夢の体現者かもしれない。もし、タイムマシーンがあったら僕は子供の頃の僕に彼らの動画をみせに行ってみたい。僕はなんというだろうか。「いいな!僕もそうなりたい!」と憧れを抱くのか、それとも冷静になるのだろうか。

最後に

読者の皆さんは、ゲームについて、もっと言えば、「ゲームをプレイしている人」について、どう思うだろうか。やはり、子供っぽい、オタクっぽいというあまりよくない印象だろうか。ぜひ、意見をきかせてほしい。そして、教えてほしい。もし、僕がNintendo Switchをキャンパスでプレイしていたらどう思うか。

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