自分語りが止まらない

はじめに

こんにちは。夏には「暑いのよりも寒い方が好き」で冬には「寒いのよりも暑い方が好き」な ねおらる です。今日は、僕のアップデートの話です。どうぞ。 f:id:neolalu:20180614093112j:plain

僕は面倒くさいやつだ。

小学生ぐらいの頃から、大学生になるまで、僕は面倒くさいやつだとよく言われた。 特に、親しい友人が呆れたように「お前は本当に面倒くさい」といってきたのは今でも、いとも容易に脳内でその息遣いまで再生される。軽いトラウマのようなものかもしれない。そのほかにも、「一緒にいると疲れる」「嫌われもの」「虚言癖」「トラブルメーカー」「うざい」「かまってちゃん」「きまぐれ」「ひねくれもの」など、散々な言われようだった。その特徴は年齢を重ねるに連れて、増長していったような気がする。

2人の兄貴

僕は、アイスホッケーをする、やんちゃな三兄弟の末っ子として育った。物心がつくのが早いか喧嘩を覚えたのが早いか覚えていないほど、負けず嫌いで喧嘩早かった。もし、アイスホッケーがわかりにくかったら、ボクシングの亀田三兄弟を想像してみてほしい。きっと似たようなものだと思う。自分で言うのもなんだが、三兄弟の末っ子は大変だ。外で遊ぶにしてもいつでも兄貴たちに遅れをとる。三兄弟で遊んだときの光景は、ドラえもんジャイアンスネ夫のび太を思い浮かべてもらうとわかりやすい。圧倒的に強いジャイアンスネ夫のび太に完勝をして喜ぶ。そして、腹がたったスネ夫のび太と2人で再び遊んでのび太に完勝して喜ぶ。自分よりも下のいないのび太ドラえもんに泣きつくしかない。もちろん僕の家には猫型ロボットなどいなかった。そんなわけで、僕が否が応でも自己主張をしていくしかなかった。両親に精一杯自分の存在をアピールした。だがしかし、僕がいくら頑張ったところでその多くは両親にとっては兄たちで経験済みのことばかりだった。幼稚園でお父さんお母さんの似顔絵を描いても、壁に飾るそれは三枚目だ。紙粘土の恐竜も、光る泥だんごも、二番煎じ三番煎じだった。アイスホッケーの試合でも、下手くそな僕よりも同じチームのキャプテンの兄に注目が注がれたような気がした。優しい両親だったので、よく褒めてくれたが、彼らにとって僕はやはり3回目の男の子だったのだろう。僕には初めての経験で、それをこれ以上ないくらいに褒めて欲しくても両親たちにとっては3回目で、僕を褒める両親たちの言葉の奥底に「はいはい、またお兄ちゃんたちと同じね」という既視感が潜んでいたような気がする。

妹たちの誕生

そんな僕にもようやく、年下の兄妹が生まれた。しかしながら、僕の下に生まれたのは2人とも女の子だった。僕は兄たちが自分にしたように、弟を遊びで負かしてやりたかったが、妹たちとではかけっこやアイスホッケーはできない。両親たちは初めて生まれた可愛い女の子にメロメロだった。両親たちは、僕がお腹の中にいるときにどういうわけか女の子だと勝手に思い込み、女の子の名前を考えていたらしい。ところが、うまれてきた僕は男の子だった。僕の名前が中性的なのはその潜在意識からきたのかもしれない。妹たちは両親からすれば、待ち望んだ初めての女の子だったのだろう。妹たちの一挙手一投足に新鮮に喜ぶ両親たちをみて、僕の嫉妬心は肥大化し、ますます僕の自己主張は激しくなった。誰かに認めてもらいたくて、誰かに褒めてもらいたかった。

面倒くさいやつ覚醒

そんなわけで、僕は小学生から中学を卒業するまでの9年間、いつでもクラスの中心になろうとした。話し合いがあれば、ずけずけと延々と自分の意見を語り、反対意見を持つものをことごとく論破した。時には、実力行使も辞さなかった。気の弱いクラスメイトは僕にとって格好の餌食だった。休み時間や放課後の度に彼らの机まで突撃し、自分語りを繰り返した。いかに自分が優れているか、いかに自分がすごい人なのかを自慢した。さらには、相手の欠点を指摘し、いかに自分の方が優位にたっているのかをわからせた。授業のときはヨダレを垂らして寝ているか、冗談を言って授業の妨害をしていた。いつでも、話の中心でいないとおさまらず、何人かが輪になって会話をしているのを見つけると割り込んで行って何を話していたのかを細かく聞いた。携帯電話を買ってもらった僕はクラス全員にメールアドレスを渡して全員にしつこくメールを送った。これだけ、かまってちゃんなのにも関わらず僕はきまぐれでもあった。特に当時は朝が弱く、朝に話しかけてきた友人に理由もなく突然どなりつけたりしていた。時にはその反対に朝一番に登校してきて朝から機嫌よく騒いでいることもあった。よく嘘もついた。うざがられ、相手にされなくなった僕は誇張表現や嘘をついて友人の注意を引こうとした。本当は英語がペラペラに話せるとか、ジャニーズの一次審査に通ったことがあるとか(鏡見ろ)すぐバレるような嘘だ。評価をますます貶めているがそのことに気づかない僕の面倒くささは日に日に加速していった。少し関わればその面倒臭さに気づかれて、距離を置かれるため新たな友人をつくった。僕の交友関係は極めて浅く広いものとなった。改めて自分で文章に起こして見てその面倒臭さにあきれ返る。面倒臭いを超えてサイコパスかもしれない。家ではのび太だった僕は、学校ではジャイアンスネ夫の悪い点をかき集めたような人間だった。よく、「辛い経験をした人ほど他人に優しくなれる」などという綺麗事を言う人がいるが、僕はそんなことはないと思う。辛い経験をした人ほど、それを他人にも強要するのだ。乱暴をされた人は乱暴をする。悪口を言われた人は悪口をいうようになる。人間はそこまで強くも賢くもない。

大学での僕

少しだけタイムスリップをしよう。先日、大学のESL(第二外国語としての英語)の授業で教授に「あなたは良い意見を持っているんだからもっとクラスで発信して」と言われた。現在の僕はたまに、相談を愚痴を話される。例えば恋愛の相談とか、就職した友人の上司の愚痴なども聞く。大学の書類のことや、テストの日程などの細かいこともよく聞かれる。数学や英語を教えてといわれて個人レッスンを設けることも多々ある。謙遜無しに言えば、優等生として頼られている。今の僕は、読書をしたり、Macに向かって何かカタカタとやっている物静かな人という印象が強いらしい。毎週アイスホッケーの試合をやっているというとギャップがあるなどと言われた。彼らは小中学生時代の僕を見たら、驚くかもしれない。  成人式や同窓会で、定番のフレーズといえば「変わらないなあ」だと思う。僕も御多分に洩れずその台詞を数人の友達にいった。しかし、僕は一部のごく親しい友人をのぞいてほとんど全員に「かわったね」「落ち着いた」と言われた。中学を卒業しても、僕と連絡を取り続けた友人からすれば本質的なところが変わっていないことを知っているのでどこがそんなに変わったのか疑問に思ったのだろう。「落ち着いた」という表現を使い、「まるくなった」という言葉を使わないところがかつての傍若無人な僕への畏怖の感情のなごりかもしれない。

インターネットの世界へ

 話を中学時代に戻そう。どうして、僕はまるくなったのだろうか。大きな原因はSNSだった。傍若無人で友達のいない僕も、何かが間違っていることはわかっていた。どうにかしたいと思っていた。しかし、人間関係は鏡だ。一度、僕がひどい態度をとってしまったら、相手の信頼を取り戻すことは難しい。気付いた時には僕は現実で正常な友人関係を取り戻すことが困難になっていた。そこで、僕はSNSに人との新たな人とのつながりを求めた。当時中学生の僕は出会い厨になる勇気はなかった。ただただ、会話をしてくれる相手を求めた。自分の話に耳を傾けてくれる誰かが欲しかった。自分の話を聞いて欲しければ、耳を傾けるに値する人間になるように努めるべきであって小手先の話し方や接し方を変えても仕方がないということがその時の僕にはわからなかった。僕は、まったく違う人間になりたかった。思いやりがあって、優しい人望溢れる人が羨ましかった。そこで、僕は正反対の人格を装ってSNSをはじめた。そこでの僕は相手が何を考えているか、何を求めているかを意識し、相手本位で話をするようになった。デリカシーのないことは聞かず、自分のことを話しすぎないようにした。ネット弁慶という言葉がある。現実ではまともな人間なのに、インターネットの世界では高圧的だったり非常識なことを発信する人だ。僕はそれとは正反対だった。現実では傍若無人で、インターネットで真人間なのだ。すると、驚くべきことが起こった。数人の女の子が僕に告白をしてきたのだ。あったこともない、顔も知らない、そんな僕と付き合いたいという女の子が現れた。わがままで自分勝手なくせに臆病者な僕は、実際に会って付き合うという気はさらさら起きなかったが、自分の人間性を認められたような気がして嬉しかった。現実では女の子どころか男友達にも相手にされない僕が、ここでは女の子から告白される。そのことに心が躍っていた。僕の心の拠り所は現実よりもインターネットに偏って行った。インターネットの人間関係が原因で犯罪を犯した事件で、テレビのアナウンサーが「ネットの顔も知らない人との人間関係で犯罪に手を染めるなんて考えられない」といっていたのを覚えている。しかし、当時の僕なら犯人の気持ちがわからないでもなかったかもしれない。現実に希望がなく、インターネットのつながりだけが心の拠り所で、それが壊れてしまったのなら、現実の人間関係に辟易して犯罪に手を染める人と何ら変わりがないと思った。もちろん、現実の問題だろうがインターネットの問題だろうが関係なく、犯罪は許せないということは一応述べておく。(ほらね、真人間でしょ。)  

アップデート開始

現実の僕に転機が訪れたのは中学三年生の時、ネットの世界と現実の世界の介在者の登場だった。わかりやすくいえば、学校の友達に僕のSNSのアカウントを教えたのだ。彼が、僕のネットと現実のギャップをみて、「お前はネットのキャラで現実も生きれば現実でもモテるよ。」といった。そこで、僕は現実の僕を押し殺し、ネットの僕を現実に拡張することにした。流石に中学三年生で突然、真逆のイメチェンを行うことは無謀で会ったので、その試みは高校に入ってから行うことにした。運よくか悪くか、僕の進学した高校に同じ中学の知り合いはほとんどいなかった。性格を変えることは困難を極めた。表面上取り付くろうだけでも、僕には難しかった。それほどまでに、ネットと現実の僕は乖離した別の人間だった。一種の多重人格だったのかもしれない。理想のネットと、そして現実の僕。何度も失敗を繰り返し、あまり良い人間関係を気づくことは高校でも叶わなかった。だが、僕は今でもネットの理想の僕を現実にインストールしつづけているような気がする。バージョンアップを続けるうちに、僕は少しずつ変わっていたようだ。その積み重ねとある日突然、相まみれることとなった小中学の同級生からすると僕は確かに「変わった」のかもしれない。

面倒くさいやつに救われた人?

ここまでの話だけを読めば、僕はあたかも人間のクズでいいところなんて一つもないかのように思われる。しかし、数年前、久しぶりにあった友人の何人かに学生時代にあなたに救われたといわれた。「あなたにいじめられて、あなたを今でも恨んでる」と言われたらぎくりとしてしまうが、救われたというのはまったく身に覚えがなかった。彼女によれば、スクールカーストの蚊帳の外にいたあなたの行動で何度も胸がすっとしたとのことだった。最近では、スクールカーストという言葉はすっかり定着した。一応軽く説明すれば、ざっくり言って、クラスの人気者つまりはルックスの良い人たちまたは運動部のスターたちが上位で、オタクや不細工は下位ということだ。「Know your place」つまりは、「自分の身分をわきまえて発言や行動をしろ。さもなければいじめてやるぞ」ということだ。僕はこの概念を最近知った。学生時代の僕には上も下もなかった。みんな横並びだった。僕は、勉強ができようが、スポーツができようが、見た目がよかろうが、上とも下とも思わなかった。僕には相手は関係なかった。ただ、自分だけがそこにあった。そんな僕は、スクールカーストの上(だと思い込んでいる)の人たちにも、同様に面倒くさい絡みをした。スクールカーストの下(と思い込んでいる)の人たちにとっては、評判など元から地の底で何も恐れず誰も彼も構わずストレートにぶつかった僕の行動が、現実の複雑な悩みを何もかも吹き飛ばしてくれたように感じたらしい。

今の僕

同窓会のために、担任に電話をかけた。まともに敬語で話す僕に、担任は「おいおい、なにまともになっちゃってんだよ。お前だけは、しっかりしてくれよ。」といっていた。僕は確かに、うっかりしてつまらない大人になってしまったのかもしれない。僕は、クズから少しずつ昇華して、まともな人間になったつもりだった。しかし、どうやらそうではないらしい。素直で生意気なクソガキから、うっかりつまらないまともな大人になってしまったらしい。今、僕は、子供時代を取り戻そうとしている。しかし、僕の根幹的な個性、オペレーティングシステムはずっと変わっていないのだ。VistaをいくらアップデートしてもイラつくOSに変わりないのと同じように、僕の根幹は面倒くさいやつだ。自己主張が激しく、自分語りが止まらない。それが、口で話すか、文字で書き連ねるかの違いになったぐらいのものだ。さて、明日はどんな話を書こうか。