アメリカ留学から一時帰国して考えたこと

はじめに

どうもこんにちは。日本に帰ってきて、仲の良い友人と再開して涙ちょちょぎれてる ねおらる です。空港にて作成していた文章を書き上げたので投稿します。どうぞ。 f:id:neolalu:20180803231653j:plain

留学で人生、変わりますか?

キャビンアテンダントによるアナウンスが次々と流れる。英語、日本語、中国語など様々な言語が入り乱れる。僕は今、ロサンゼルス空港にて、成田空港行きの便の出発を待っている。僕が留学のためにアメリカにきてから、今日で丁度1年目になる。去年の予定帳を引っ張り出して見たら、図らずとも今日で一年目ということになった。丁度一年前のことを思い出してみよう。搭乗前に、家族からもらったアルバムをみて空港で一人泣いていた。搭乗後に当時の彼女からの手紙を読んで飛行機の中で一人泣いていた。期待が八割、寂しさが二割だった。それでも、僕の心はずっと日本にあったような気がする。それは、愛国心を忘れなかったとかいうことではない。アメリカにオープンマインドでなかった。何を見ても、何を聞いても、「日本ならこうだな」と比べてばかりいた。でも、少しずつ現地で友人をつくることで、僕の心は開かれていった。

アメリカに行ったぐらいで人生変わるかよ」

留学生はよくこういう批判を受ける。別にアメリカに行ったことで突然バラ色の生活が待っているわけではない。楽しいのは初めの1、2週間だけで、あとはむしろ苦しいことや面倒臭いことばかりだ。英語が全然通じなくて、挫折して日本にすぐに帰ってしまう留学生もいる。なんとか会話はできても、カルチャーショックを受け入れられず友人をつくれない人もいる。外国人との付き合いに疲弊して、同国の友人としか関わらない人もいる。それでも、変わってしまうのだ。人生は選択の積み重ねだ。アメリカに行くという行為も一つの選択。そして、その選択は新たな自由を人にもたらす。大いに活用するものもいれば、それを不意にするものもいる。

ターニングポイント

アメリカで、学生生活が始まった日のことをよく覚えている。まだまだ、英語もままならなかった時期だが、友達が作れなければ英語力だって伸びないのはわかっていた。そこで、慣れない英語で僕は女の子二人組に話しかけた。メキシコ人とフィリピン人の子たちだった。メキシコ人の女の子は18歳のまだまだ垢抜け切らない顔に口ピアスをしており、同じく18歳のフィリピン人の女の子はまるで小学生のようなあどけない顔をしていた。とりあえず、アメリカに来たばかりで友人もいなくて困っているということを伝えた。彼女たちは快く僕を友達として迎えてくれた。しかし、彼女たちの会話に混ざることはできなかった。早すぎて聞き取れなかったり、会話のトピックも女子トークサウスパーク(風刺アニメ)など僕の知らないことばかりでついていけなかった。ひと月以上僕はぼんやりと彼女らの会話を聞いていた。同じ空間に存在しているが、僕は蚊帳の外だった。たまに僕にも彼女たちは話題をふってくるが、うまく返せずにとまどっているとすぐにまた話題はどこかへ飛んでいってしまった。そんな風に四苦八苦しているうちに、僕の英語力もちょっぴり伸び始めた。そして、ほかにも仲の良い友人が出来始めた。今では、英語で会話する気のおけない友人も何人かいる。少しずつ少しずつ、現地の生活に慣れていったのでどこかで突然英語が話せるようになったわけではないが、やはり僕のターニングポイントは、勇気を持って二人の女の子に話しかけたことだったと思う。あそこで、臆病になっていたり、そのうち友人ぐらいできるさと後回しや足踏みをしていたら、今の僕はないように思える。

今日を「選ぶ」明日を「選ぶ」

人生は選択の連続だ。日本の大学を辞めて、海外へ行くことは僕の中で大きな選択であったことは間違いないが、それはあくまでも一つの選択にすぎない。その後のひとつひとつの選択が今の僕を作っているのだろう。大風が吹けば桶屋が儲かるバタフライエフェクト、カオス理論。人生は不思議だ。あの時、大学を辞めていなければ、今頃大学院生かもしれない。今頃、新入社員として働いているかもしれない。今頃、就活浪人していたかもしれない。過去の「もし」は起こり得ない。しかし、未来の「もし」、すなわち選択は起こりえる。

昨日の僕と今日の僕、何が違うのか、正直にいってわからない。 でも、今日の僕と一年前の僕は明らかに違う。

今の僕はこれまでの僕の選択の結果だ。

今日の僕、明日の僕に問いかけよう。

後悔のない選択をしているか?