女の子がゲームをやらない理由

はじめに

みなさんこんにちは!年末に日本に帰省することでウキウキのねおらるです!そう!もう年末だね!2018年も終わるぞ〜!やり残したことはないですか?僕はもっとプログラミングの勉強を頑張りたかったなと反省中です。

女の子がゲームをやらない理由

さて、今回は僕なりに考えた「どうして女の子がゲームをやらないのか」という下らない話から飛躍して、社会問題にまで切り込んで行くのでねおらるの発想力、文章力に恐れおののいてください。(悪い意味で)

女の子は馬鹿正直

結論から言いましょう。女の子がゲームを嫌う理由は、女の子が「馬鹿正直」だからです。日本の多くの女の子は「大和撫子」「おしとやか」「女三界に家なし」などと言った考えを押し付けられて生きています。「女の子はこうでなくてはならない!」という理想像を押し付けられているのです。そして、どういうわけか、それをまっとうに受け入れて生きている女の子が非常に多いのです。

日本のゲーム思想

読者の皆さんはゲームをやりますか?昨今では、韓国やアメリカでプロゲーマーでおまんまを食べる人もおり、eスポーツとしてゲームがスポーツの一環として認められつつあります。しかし、日本国内ではまだまだゲームは所詮ゲームといった風潮が強いように思われます。多くの女の子が「ゲームは時間の無駄だ。」「人生の貴重な時間を棒に振っている」「生産性のない行為」などとして、忌み嫌っています。一方で、男の子はゲームに対して理解のある人が多いです。このように、ゲームを否定する女性には「ゲームは時間の無駄。悪いこと。」という根拠のない絶対的な概念があります。この概念はどこから来ているのでしょうか?

女の子の抱く印象の根本とは?

女の子に植えつけられている「ゲームは時間の無駄。悪いこと。」という考えは親、そして教師からの強迫観念です。皆さんも、覚えにあるでしょうが親や教師から「ゲームばかりしていないで、少しは勉強しなさい」と言われたことはないでしょうか?このフレーズは他のことには使われづらいです。「スポーツばかりしていないで」「本ばかり読んでいないで」「外に出かけてばかりいないで」などとは言われにくいです。勿論、「スポーツばかりやっていないで勉強しろ」というフレーズで子供を叱りつける親もいるでしょうが、それは明らかに度を過ぎた場合にしか使われません。しかしながら、ことゲームになると、一分一秒でもそれらを行なっていると悪いことを行なっていると考える親や教師が多いです。教師から「勉強=良いもの」そして、その対極は「ゲーム=悪いもの」という概念を押し付けられているのです。

教育現場の影響

一時期、「ゲーム脳」という言葉が大変盛んに取り上げられました。もう風化しつつありますが、この言葉は教育熱心な親御さんそして教師たちの間で大流行しました。「ゲームをしていると脳に悪い影響が出る。」という迷信です。これは科学的な根拠がないことから、だんだんと使われなくなりましたが、僕が小学生の頃、くもんの教室の壁にデカデカと「ゲーム脳の恐怖」といったイラスト付きのゲームを批評する広告が貼られていたのを覚えています。今考えると、知識を提供すべき場で間違ったことを子供達に堂々と教えていたことに驚きます。この概念は考えてみれば、「勉強=良い事」そして対極は「ゲーム=悪い事」という概念からくる希望的観測が間違った理論として確立してしまったように見えます。

0から考えてみれば?

よくよくもう一度、考えていただきたい。どうして、「勉強=良いもの」でその対極は「ゲーム=悪いもの」なのか。本当にそのような負の相関関係にあるのでしょうか。コモンセンスで言って、再三申し上げている通り、割合的に、男の子の方がゲームが好きで、女の子はゲームをしません。では、負の相関関係があれば、女の子の方が学力が高く、男の子の方が学力が低くなるはずです。しかしながら、これまたコモンセンスで言って、トップレベルの学力を誇る国立大学の理系の学部には男子ばかりです。そして、むしろ、その学生たちの多くはゲームが好きです。

人生において何が有意義で何が無駄?

「ゲームは悪いもの」「時間無駄」という主張を馬鹿の一つ覚えのように繰り返す女の子には、根拠がありません。どうしてかと尋ねても「だってゲームでしょ」とか帰ってきません。その理由は本人たちもわけもわからずそう教え込まれて盲信しているため、理由を説明できないのです。「ゲームばかりしていると、勉強しない」という人もいますが、「ゲームがなかったら勉強する」という、そもそもの発想に知性を感じられません。

例外てきな話

中にはゲームの好きな女の子もいます。ゲームの好きな女の子の多くは、兄がいます。兄が妹をゲームに誘い、これまた「上からの勧誘」によってゲームを沢山行い好きになる例が多いです。または、親御さんが教育に関して寛容な例があります。親が勉強熱心だが、それをかいくぐってでもゲームをやる男の子はいますが、女の子はいません。大抵、上記の2パターンに属します。

本当に大切なもの

何を楽しいと思うかは人それぞれであり、趣味は何でも良いのです。本人が楽しいと思うことに時間を割くことがもっとも貴重な時間の使い方であり、本人が楽しいと感じないのに世間からの良い行為とされている行為を行うことの方がよっぽど時間の無駄です。男子の多くは、上からとやかく言われようと「自分が楽しいもんは楽しい。」としてやり抜く人が多いです。しかし、女子の多くは「上がダメというならダメ。」と、自己を抑制してルールに従う人が多いです。男子のモチベーションが自己の好奇心なのに対し、女子のモチベーションは理性的なものです。これは何も悪いことだけではないと思います。女子にもこれによって優位にたつこともあります。たしかに大学レベルや社会人になると男性の方が高位の知識を習得している例が多いのですが、思い返してほしいのですが、小学校の頃、一般的に男の子と女の子、どちらの方が勉強ができたでしょうか。僕の印象では、女の子の方ができるイメージです。これは、「やれと言われたもんはやる」という大和撫子精神を反映していると僕は思います。女の子は例え楽しくなくても、必要と思えなくても、やれと言われたことはあまり深く考えずにやります。一方、男の子は自分の納得の行かないことはやりたがりません。「どうして算数なんてやらなくちゃいけないの?」「こんなの社会に出て使わない」といって教師に反抗していたのは男の子ではなかったですか?

男の子の自分を信じる利己心

逆に言えば、男の子は自分が必要と思ったならば勉強でもなんでもとことんやるのです。だから、伸びるとなったらグングン伸びる。一方で女子は親や教師からの命令が動機なので、初速はあってもあまり伸びません。それが小学校と大学の学力の違いを生んでいると僕は睨んでいます。また、学校を卒業すると彼女らの動機は消失するため、学んだことが氷のように溶けて無くなります。大人になった時に、「もう学生時代のことなんて全部忘れちゃった〜」という女性は少なくありません。もちろん男性もそうですが、興味のある科目に関してはより詳しくなっている例が多いです。

字への影響?

「字が綺麗」なのも、女の子が多くはないですか?教師から「漢字練習をしろ!毎日提出しろ!」と言われると女の子は「どうして?」などという概念なく受け入れてやります。男の子は、「どうして?そんなのやりたくない。」と素直に反応します。結果、女の子の方が字が綺麗になりがちです。また、「字が綺麗な人は心も綺麗」といった概念も教師から教えられそれも盲信します。字が綺麗に越したことはないですが、「字が汚い人は心も汚い」などといって相手を批判するの人の心の方がよっぽど汚れていますよね。

社会現象への影響?

昨今では、待機児童問題が取り上げられていますね。女性が人生で最も大変な「子育て」を男性から押し付けられたことからこの問題は生まれたように思えます。元々は実家に留まって子育てをする例が多く、お母さんだけでなく祖父祖母の協力もあって家族全員で子育てをしていました。しかしながら、再び世間からの「都会で働く女性はカッコいい」という風潮から地元を離れて核家族を構成する人たちが増えてきました。結果的に祖父祖母に頼れず、1人で主婦業をこなし壮絶な生活を送る母親も少なくありません。家族の協力なしに、母親だけで子供を育てることはできません。ものすごく大変なことです。だからこそ、待機児童問題というのは簡単には解決できないのです、しかしながら、世間の風潮では「専業主婦は贅沢」とする人が多いのも事実です。これもまた、世間からの押し付けを女性が受け入れてる例だと思います。加えて、日本で労働力が足りないとなれば、「じゃあ、女性は子育てもしながら働け」と言われ、それを世の女性たちは受け入れています。母親って強しですね。

結論、そして女の子のpro.

以上のように、女の子は上の立場からの言葉を素直に受け入れる傾向があります。言い換えれば、「見えないルール」を忠実に守ります。それは精神的成長を促し、秩序の維持に役立ちます。その一方、「ルールに従う」のがコミュニティの鉄則であるため、根回しをしてルールを構築しようとするため学内のいじめや人間関係は男子よりもドロドロしがちです。それは精神的発達を促すため、女性の方が精神年齢の伸びが早く、いざというときの芯の強さを生み出します。悪いことばかりではありません。しかしながら、僕はもう一度女性に問いかけたい。

「そんなにゲームって悪いことかな?受け売りではなく、もう一度、自分の頭で考えてみよう。」

おわりに

最後に、賢明な読者諸君には釈迦に説法だとは思うが、これはあくまでも「傾向」や「印象」についての独断的な意見であり、個々の人間全てに当てはまるわけではないことをご理解いただきたい。しかしながら、少しでも読者の中に「なるほど」という考えがこの文章を読んで芽生えたなら幸いである。また、個人的な話をすれば、どちらも親や教師に強制や抑圧されなかった結果、僕はゲームも勉強も大好きです。