学生時代にやっておくべきだったことは一つだけ。

はじめに

こんにちは。最近、卵かけご飯ばっかり食べている ねおらる です。僕は日本の大学を中退して、アメリカの大学へ入り直すという究極のモラトリアムをしても親が負担してくれるボンボンの甘ちゃんです。誰が見たって、贅沢だと言われることをやっています。よく、そのことを話したら「すごいね!(親の懐とあなたの面の皮の厚さが!)」とあまり仲の良く無い友達に賞賛されました。

しかし、どうせ得たこの機会、無駄にせずに最大限に有効活用しなくちゃ!と思いました。 そこで、「学生にうちにやっておけばよかった」ことって本当はなんなんだろうかって考えてみました。

ググってみた結果①

この情報社会を生きる僕ら、まずは自分で調べてみろ(ググレカス)と言われてしまっては情けないので検索をかけてみることに。大きく分けて2種類の記事が出てきました。まず一番上に出てきたのは、アルバイト仲介業者によるサイトでした。ざっくりようやくすれば、そこには以下のようなことが書かれていました。

  • 勉強

  • サークル、部活動

  • 読書、映画

  • バイト、インターン

  • 語学学習

  • 資格、免許

  • ボランティア

  • 恋愛

  • 留学

そして、最後には「やるべきことに挑戦しよう」という自己啓発的なメッセージとともに、「というわけでバイトを探してみよう!」と巧みに自社からバイトを見つけるように誘導していました。つまるところ、バイト仲介業者がターゲットにしやすい大学生の心を上手くキャッチして顧客である企業のアルバイトへ送りつけてやろうという意思が垣間見れて、利益の絡んだ記事であり、偏りのある意見のように思えました。他にも、Tech系のサイトでも同じようなリストを列挙して、最後には「1位、ITスキルの取得」と誘導して某サイトのワークショップへと誘導していました。このように、一つ目は「一つの訴えかけたい意図」があり、それを主張するために「大学生のやるべきこと」という媒介を利用しているというパターン。

ググってみた結果②

二つ目に出てきたのは「ブロガー」の意見。個人ブログを併設している人が書いているもので、内容は1種類目とは大筋は同じことを書いている。しかし、相違点としては「アルバイトをするな、ブログをかけ。」というメッセージ。彼らの多くは、アフィリエイトやブログの広告収入などでお金を稼いでいる人たちで、そのスキルが貴重なものであると主張をしている。こちらは、「自分の取った行為は正しい。それが社会人になった今も生きている。」という自己肯定意識の見える内容が多かった。しかし、僕個人の意見としては「自分のしたことは正しかったからお前らも同じことをしろ」と積極的に勧めてくる人間にロクな人間はいない。何故ならば、その本人たちのした行為が正しいもので尊敬に値するものであったなら、彼らの方から勧めてこずとも自然と周りが尋ねてくるものだからだ。

ググってみた結果からの考察

ググってみて、最初に出てくるものの多くは、とてもみやすくシンプルにリスト化して完結に「これとこれとあれをしろ」というメッセージが書かれていた。しかし、これらの情報は果たして正しいのだろうか。全国に280万人以上といる大学生が、揃いも揃って「バイト、留学、ボランティア、etc.」がやるべきことなのだろうか。この「学生のうちにやっておけばよかったこと」というメッセージを受け取る上で、発信者のバックグラウンド、そして意図を汲み取るということはすごく大切なことだ。意図については、前項でもすでに述べた通り、「誘導」「自己正当化」があげられた。もうひとつの重要なアスペクトは「誰」がそのことを書いているのかである。「学生時代にやっておけばよかったこと」とは、通常、学生を卒業した社会人によるものだ。しかし、社会人にも様々な年代がある。ブロガーの多くは、20代や30代が多い。言い換えれば、彼らが40才50才になったときには「やはり、そんなことに時間を避くべきではなかった」と意見を変える可能性は多いにある。学生という要素を使って、人生を分断してみたときに、学生時代である20才前半までと、20才前半から死ぬまでの二つに人生は別れる。当たり前ながら、人生とは学生時代よりも社会人の方が長い。大学生が参考にすべき意見は、20代30代の先輩社会人の意見なのだろうか、それとも40代50代の両親の世代、はたまた祖父祖母の世代からなのだろうか。

友人や家族に尋ねてみた結果

さて、次に僕はすでに就職した近しい友人や家族にそのことを尋ねてみた。彼らは

  • 勉強
  • バーテンダーになる
  • 世界一周
  • 海外旅行
  • 友達とゲーム
  • 美術館、博物館
  • 寄席、歌舞伎
  • スポーツ観戦
  • 読書

などと教えてくれた。 その中でも、一つ胸に刺さった言葉があるので紹介したい。 「まとまった時間が取れないから、まとまった時間が必要なことはしとくべきだったな。まあ、社会人になってからでも、まとまった時間がゼロになるわけではないからなぁ。個人のやる気とか次第かもな。」 というものだ。この発言には、今回の議題の真理がつまっているように思えてならない。

本当にやるべき事。

僕は「勉強をしておけばよかった」という意見には真っ向から反対したい。それはどういうわけかといえば「昔に勉強しておけばよかった」と今の自分の力量不足について過去の自分を責めている考え方が気に食わない。そう思うなら今からやればいいではないかと思う。いつだって遅すぎることは無いと僕は思う。多くの大人は、言い訳をたくさん拵えて「もうできない」と諦めている。しかし、いつからでも、やる気なればできないことはない。特に「勉強」や「語学学習」に関しては、いつからでも遅すぎることはない。しかし、今の力量不足をただ後悔するばかりで「やっておけばよかった」と悲観する人は、「「今」」やる気を起こすべきだ。学生時代の「「今」」に勉強できなかったため、それを引きずり今も「昔にしておけば」と言っている。それは、参考になる意見とはいえないのでは無いだろうか。これは、上記で紹介した友人の意見の「個人のやる気次第」という言葉に凝縮されている。学生時代にやる気の無いものは、社会人になってもやる気がないのだ。しかし、学生の方が優位な点は確かにある。それも、友人の一言に詰まっている。それはひとえに「時間」である。社会人になってからでも実現可能なことは多くあるが、明らかに学生の方が時間を持て余している。しかし、その大切さを実感するのは時間に縛られる社会人になってからである。つまり、一言でいうならば、学生時代にやっておくべきことは「時間の大切さに気づく」ただそれだけである。その事に気づけば、自ずと自らのやるべきことが見えてくるであろう。それからのやるべきことは千差万別である。それは各個人によって異なることであり、ネットで「大学生のうちにやること」と検索をかけて出てくるものでは無い。自分の頭で考えて、自分の身体で実行しなくてはならない。何より、怪しげなサイトの文言に踊らされてはならないということを僕は強く主張したい。そのことを「学生のうちに気づいておくべきだった」と悲観するのではなく、新社会人諸君にも、いつだって残された時間は未来だけであることを忘れずにがんばってもらいたい。そんなことを、モラトリアムボンボン人間からいうことは恐れ多いことであることは重々承知の上で言わせていただきます。時は金なり。以上、ねおらるでした。