ルームメイトのダンスを観てきた話

ルームメイトのダンスを観てきた。彼女はダンスを専攻している。いかにもアメリカらしい専攻である。ダンスを専攻して大学の学位を取るというのはとても厳しい世界のような気がする。"気がする"という表現を使ったのは、僕がダンス業界に精通していないからである。コンピューターをカタカタと叩いてお金を稼ごうと思っている僕にとって、ダンスとは畑違いそのものである。趣味でも踊らないし、ましてやプロとしてダンスを目指している人の苦悩はわからない。しかし、毎日遅くまでレッスンに励み、いつもヘトヘトで帰ってくるルームメイトを見ていると、その成果を観てみたいという気持ちはあった。しかし、クラブハウスやダンススタジオ、ライブハウスなどの場所は、大仰な音響設備からの激しい音波に慣れていない僕にとってあまり居心地の良い空間ではなかった。そんな折、ルームメイトの友人が是非一緒に行こうと誘ってきたので、せっかくの機会だと思って僕も行ってみることにした。中の良い友人をもう一人誘い、僕らは三人で向かうことになった。

正直に言えば、小さな大学の施設だからあまり対したクオリティを期待していなかった。しかし、僕の貧しい観察眼で、彼女の資質と努力を推し量るには十分な場所だった。はっきり言って、僕にはダンスを観る目がない。才能に関してはわからないが、ともかく経験がない。しかし、彼女のダンスは僕の中に強い感情を刻んだ。それだけは事実であった。彼女のしなやかな動きが僕の脳に焼きついた。僕らは中央の席を陣取って座った。司会の人が、マイクを通じてアナウンスをした。そして、三人のダンサーが袖から表に出てきて自己紹介をした。司会は彼らにどうしてダンスをやっているかと問うた。一人の男の子が「ダンスは僕が口で表現できないことを身体で表現できるからやっている」と言ったのが印象に残った。そして、スポットライトがつき、ダンスが始まった。率直に言って、彼女は綺麗だった。よくある言い回しで「ステージで踊る彼女は別人だった」という表現がある。僕はそうは感じなかった。彼女はいつもの明るく綺麗な彼女だった。笑顔で楽しそうに彼女は踊った。観客は歓声をあげて場を盛り上げた。ダンサーたちは、激しいムーブメント、鳴り響く音楽、集まる視線、観客の咆哮、溢れ出るアドレナリンとともに、その空間に酔っていた。彼らは一体となってこの空気に酔っていた。僕の視線は他のダンスメンバーはそっちのけで彼女ばかりを追っていた。そうか、ダンスとは自己表現なのだ。ステージで踊る彼女は普段よりも魅力的だったし、幸せそうだった。しかし、初めは楽しんでいた僕も、だんだんと居心地が悪くなってきた。原因は、観客の歓声である。観客がダンスの見せ場や区切りのタイミングで何かを叫ぶ。奇声をあげる。”Let's go team bluh bluh!!”とか叫んでいるのを聞くと、僕はイヤどこにいくんだよとかツッコミを入れてしまう。僕はそういうのが苦手だった。高校の部活で、声出しが小さいと先輩に怒られたのを思い出した。僕は大声を出すのが好きでない。頭の中でビートルズの音楽が流れ始めた。ずっと聞こえるフレーズがある。「Get back to where you once belonged.」ここは僕の居場所ではない。この空間に馴染めない自分を強く意識し、僕は自分が拒絶されたように感じた。自分はここにいてはいけない存在のようなきがした。それでも、僕は彼女の動きを追い続けた。彼女は踊り続けた。そう表現することしか僕にはできない。僕はあまりにもダンスに関して無知だった。ヒップホップ、ハウス、バレエ、コンテンポラリー、分類分けですら曖昧だった。僕は、自分の愚かさを恨みながら必死に彼女を見つめた。まるで、パティシエの作ったケーキを、甘ければなんでも美味しいと言って一口で飲み込むようなものだった。そんな僕を置いてけぼりに、彼女は自己表現を続けた。そう、彼女たちダンサーは自己表現を行っているのだ。目的は様々かもしれない。誰しもが大なり小なりの承認欲求を持っている。僕らは誰しもいつかは死んでしまう。自分が永遠に生きていくことはできない。だから、残したいのだとおもう。誰かに託したいのだとおもう。誰かに憶えていてほしいのだと思う。自分の生きた証が欲しいのだと思う。僕は全神経を、意識を、彼女のダンスに集中させた。

「私はここにいる」

「これが、私の居場所」

彼女がそう叫んでいるように見えた。

彼女の居場所はここなんだ。僕は彼女に魅せられた。彼女は僕の中に、彼女というアイデンティティを刻んだのだ。彼女は自己を他者に残すことに成功した。彼女の生きた証は僕の中に刻まれた。ほんの小さなことかもしれない。けれど、確かに彼女は僕にはできないことを成した。それはとてもすごいことだとおもう。これらの僕の中で生まれた感情は、僕の背中を押してくれたような気がする。今の僕には、誰かの心に何かを刻むことのできるほどのものがない。僕には、まだ、生きた証がない。僕は、このまま終わらせる気はない。ここで止まっていたくない。

ダンスが終わって、僕らは彼女の元へ向かった。彼女は「きてくれてありがとう」と言った。何かを受け取ったのは僕の方なのに、彼女の方がお礼を言った。不思議なものだった。僕は言葉もなかった。何を伝えて良いのかわからなかった。そもそも、彼女は僕から何か言われたいのだろうか。彼女は本当に僕に観に来て欲しかったのだろうか。ふと、僕は日本にいる彼女の恋人のことを思い出した。彼女が誰よりも1番に観て欲しい人は、彼に決まっている。しかし、彼はこの場にいない。彼女はこれだけ努力して、自分の居場所を手に入れて、こんなにも輝いているのに、彼はここにはいない。彼女はどんな気持ちなのだろうか。そう思うと僕は、悲しくなった。僕なんかが何かを言うのはおこがましいような気がした。僕は彼女に何も言えなかった。彼女は着替えをしに控室に戻って行った。僕は、一緒にきた親友のミネに、僕なんかのチンケな感想を彼女に伝えたられないと言った。ミネは、どうしてかと聞いた。僕は、彼女が僕から何を求めているのかわからないからだと答えた。ミネは「相手が何を求めているのかなんて、誰にもわからない。あなたが伝えたいことを伝えなさい」と言った。確かにもっともだと思った。だから、伝えてみようと思う。素敵だったよ。勇気をもらいました。ありがとう。