気持ちを書くブログ

写真撮影、コンピュータが好きです。あと本とゲーム。落語も好き。おしゃべりも好き。

元カノに会った話

朝、いや、深夜4時と言った方がいいのだろうか。枕の下でぶうぶうと唸るスマホに起こされて僕は目を覚ました。寝ぼけ眼で真っ暗な部屋で光るスクリーンをみつめた。LINEの着信だ。元カノからだった。まったく日本とアメリカには時差というものががあるんだから電話をかける時間ぐらいを少しは考えろと思った。しばし躊躇ったが、結局は電話にでることにした。眠気や疎ましさよりかは、久しぶりに話してみたいという好奇心が勝った。

「もしもし。」

「もしもし?ごめん寝てた?」

当たり前だろと思いながら「寝てたよ」と返す。

「いま、アメリカいるんだけどさ。」

そういえばそうだった。彼女は有給をとってアメリカにきているらしい。こちらにいる友人とロサンゼルスからネバダ州のグランドキャニオンまでドライブ。途中のラスベガスでカジノに負けまくったとか、潔癖症なのに車中泊みたいなことしてマジで最悪だったとか、それでも星が綺麗だったとか、彼女は嬉しそうに語った。彼女の話の8割はアレが気に食わなかったとかムカついたとか悪口寄りの愚痴である。僕はそれを淡々と聞いていた。

「もう今日の朝の飛行機で帰っちゃうんだけどさ。空港に8時。」

ああ、そうか。それで腑に落ちた。僕が日本に帰国した時、彼女は曖昧、というか中途半端な態度ばかりとっていた。行けたらいくとか、忙しいといいながら日程を提案してみたり。大方の検討はついている。彼女は会いたかったのだろう。でも、もう別れたのにいつまでも引きずっていられないし、会ってしまえば寂しくなるに決まっている。だからやめておけ、と友人に猛反対でもされていたのだと思う。

今回の彼女の行動はそれを裏付けたような気がする。朝4時の電話、8時に空港。会おうと思えば会える時間、時間ないしまた今度だねと断っても自然な時間。彼女は僕の気持ちを試している。

「空港まで送ろうか?」

自分でも都合の良い女(男だけど)のような行動だとはわかっていた。僕の住む町から、彼女の泊まるハンティントンビーチの近くのモーテルまで、車で40分ぐらい。僕はシャワーを浴びて、歯を磨き、髪の毛をセットした。彼女はこの服は嫌いだったかな、この服が好みだったかなとか、ぼんやりと思い出しながら服を選ぶ。30分ほどで支度を済ませて、家をでる。彼女と別れてからめっきり色気のない生活をしているから服も新しいものを買っていない。ロサンゼルスといえど、流石に1月の早朝は肌寒かった。車で流す音楽のプレイリストの選曲に迷った。僕はどんな気分で会いにいくべきなんだろうか。別になにかあるわけでもないさ、と無難な洋楽をかけた。下道を少し走り、ハイウェイに乗り換える。カリフォルニアの高速道路の大半は無料である。ニューヨークとか日本の高速が有料なのはそうしないと高速にならないからだろうか。

考え事をしているうちにあっという間に目的地についた。彼女に着いたよとLINEを送る。二階建ての簡素で手ごろなモーテル。僕もアメリカ横断の時は何度もここにお世話になった。モーテルは日本の建物で例えると、ホテルというよりは安アパートの見た目に近い。一室の扉が空き、彼女が男と二人でキャリーバッグを転がして出てきた。彼らは受付へとむかってチェックアウトを済ました。僕はそれを駐車場に泊めた車の中からぼんやりとみていた。探偵、いや、ストーカーみたいだ。彼女がスマホを取り出して「どこ?」と送ってきた。僕は車を降りて手を振った。彼女はメガネにマスクだった。そういえば「スッピンだけどいい?」とわけのわからない質問をさっき電話でしていたっけ。ばっちし化粧して飛行機に乗り込む方が不自然だから別によいのだが。男と簡単な別れの挨拶を済ませて、彼女はこちらに歩み寄ってきた。僕は彼女からスーツケースを受け取ってゴロゴロと転がした。

「助手席に乗っていい?」

またわけのわからない質問だ。タクシーじゃないんだから、二人で車に乗るときに後部座席に乗り込まないだろと心の中でつっこみをいれながら鼻で笑っていいよと返す。そういえば、彼女は僕のこの鼻で笑う仕草が大嫌いだった。

僕がトランクにスーツケースを積み込む間に彼女は助手席に座っていた。僕も運転席へと入る。

「ひさしぶりだね」という彼女のひとこと。

「酒くっさ!」と僕のひとこと。

「うっそぉ!におう?」

「まあ。酒飲んでたことは分かるかな。」

におうにおう。仁王門だよ。まじ金剛力士像。マスクを通してでも伝わってくる酒の匂い。まあ、そりゃそうか。彼女が僕に電話してくるのは決まって酔っ払っているときだ。夜通し飲んでいたらしい。アメリカにきてこの五日間ぐらいは毎日酒を浴びるようにかっくらっていたらしい。相変わらず彼女は変わっていない。

「時間微妙だしどこかで朝ごはん食べない?」

「いいけど、そんな酔っ払った状態で食べれるの?」

「お腹は減ってないけど何か話したいじゃん。」

「こんな早朝から会いてるのはIHOPかデニーズぐらいだよ。」

「出た!IHOP!」

そういえば以前、彼女が僕に会いにアメリカにきたときに一緒にIHOPへ行ったっけ。

「じゃあ空港近くのIHOPにしよう。」

僕は車を走らせた。再び彼女が僕の助手席に乗っている。彼女はしきりに変な気分だねといっていたけれど、僕は別段変わった気もしなかった。いざ彼女を目の前にすると、僕は「いつもの調子」だった。淡々と彼女の話をきいていた。

IHOP、いわゆるパンケーキやコーヒーをだすダイナーのようば店についた。僕も彼女もあまりお腹が空いていなかったので一つのプレートを二人で分けることにした。

彼女は近況報告をたくさんした。結婚を前提に付き合って欲しいといってきた男がいるとか、趣味でなんとかという(名前は忘れた)ダンスを始めてインストラクターの資格もとったとか、二人で作っていたバケットリストというノートのでてくる「最高の人生の見つけ方」の日本人版のリメイクの映画をみたとか、アメリカに住む友人が大麻を吸っていて不快だとか。そして、罰が悪そうに12月からタバコを吸っていないと付け足した。彼女は僕がタバコ嫌いだと思っている。僕と付き合っているときは彼女はタバコを控えていた。しかし、僕はタバコが嫌いではない。僕自身がタバコを吸うことはないし、誰かに勧めたりすることもしないが、嫌いではない。確かに僕は彼女にタバコをやめさせようとした。でもそれは、僕がタバコが嫌いだから僕の目の前で吸うなといいたかったのではない。健康被害がでるからやめさせたい、という気持ちも勿論あった。大切な彼女が自分の身体を傷つけるようなことをしているのだからそういう意味では辞めさせたかった。けれど、本心ではそこがメインではなかった。そもそも、彼女はどうして、タバコを吸うのだろうか。そして、僕はどうしてタバコを吸わないのだろうか。もっと大きな話をすれば、人はどうして深酒をするのだろうか、暴飲暴食をするのだろうか、リストカットするのだろうか、大麻を吸うのだろうか、カジノをするのだろうか、覚醒剤をやるのだろうか、自殺するのだろうか。それらのある種の自傷行為の根幹は精神的なものだ。生理現象ではない。人はストレスを抱えて、悩み、孤独を知って、社会に揉まれて、理不尽に耐えて、報われない努力を続けて、懸命に生きている。生きるのってそれだけで大変である。毎日起きて、ご飯を食べて、働いて、勉強して、嫌な相手とも向き合って生きている。ときには誰かに、何かに頼りたくなる。それが、希望だと思う。家族からの愛、友人からの愛、大好きな音楽、本、ゲーム、スポーツ、etc.大袈裟な言い方をすれば、喫煙者にとってタバコとはそういうものの一つだと思う。彼らは満たされない何かを満たすために、不安な毎日から逃れるために、タバコにすがっているのだと思う。それはお酒でも大麻でも同じだと思う。だから、僕はタバコが嫌いではない。世の中には、現実に耐えられず自殺してしまう人もたくさんいる。死ぬくらいだったら、タバコでもお酒でも大麻でもなんでもやっていいと思う。それでも僕は生きて欲しい。僕が本当に嫌いなのは、タバコを吸わないとやっていけない彼女の悩みのタネそのものだ。彼女が抱える現実だ。だから僕は彼氏としてそれを癒してあげたかった。たくさん一緒に笑って、ハグして、美味しいものを食べて、外で運動して、色んな場所へ行って遊んで、たまには喧嘩して泣いたり、そうやって彼女を満たしてあげたかった。辛い現実にも、一緒に向き合っていたかった。僕が彼女のタバコになってあげたかった。そうしたら、彼女はもうコンビニで高いお金払って身体に負担をかける必要もなかった。だから、僕はタバコが嫌いなのではない。

「それで?何か私に話したいことないの?」

「うーん、特にないかなあ。」

7時20分。そろそろ時間だ。僕は彼女を空港まで送った。駐車場に車を泊めて一緒に受付へと向かう。

「いつ日本に帰ってくるの?」

「とりあえずの区切りはあと二年かなあ。予定ではそこからプラス三年。だから五年後ぐらいかな。そんなこといってもなにもわからないけどね。」

「そっかぁ。」

搭乗券の発券、荷物の預入を済ませる。身体検査の入り口まで歩いた。付き添いがこれるのはここまでだ。ここからさきは搭乗券のある人だけが通れる。僕は彼女と一緒には行けない。

「じゃあ、元気でね。」

「そっちも。」

どちらともなくハグをした。

「寂しくなってきちゃった。帰りたくないなあ。」

僕はなにも言わなかった。

「また夏に帰れたら帰るよ。」

「わかった。」

エスカレーターに乗って彼女が遠ざかっていく。僕は控えめに手をふった。彼女はスマホを取り出して僕の写真をとっていた。彼女は最後に大きく手を振っておくへ進んでいった。

僕は一人で車に戻った。シートベルトをしてエンジンをかける。空港を出てすぐに高速道路に入る。アクセルをいっぱいに踏み込んだ。またここで僕は一人でがんばらなきゃ。