銀行強盗に巻き込まれた話

先日、銀行強盗の事件に巻き込まれたのでそのことを記載しておく。

その日、僕はたまたま普段は使わない近所からは遠い、小さめの銀行にきていた。僕は家賃の支払いを大家を通して、不動産管理会社へ支払っている。しかし、先月、僕は大家に小切手を渡すのを忘れてしまい、不動産管理会社へ連絡を入れると、オフィスはもうすぐしまって受け取れないので直接銀行に言って支払うようにと言われた。そして、僕は車の修理のついでに、車屋の近くの銀行へ向かったのだ。これは、何かの因果だろうかと僕は運命のいたずらを恨んだ。二つの"たまたま"が重なることなどよくあるものだ。僕は、隣接したスターバックスで買った抹茶ラテを片手に、小さい銀行の割に長い行列で自分の順番を待っていた。すると、グラサンをかけて、口元をスカーフで隠した男が一人、店内に入ってきた。行列で暇をしていた僕は、スマホでゲームをしていたのでそのことには気づかなかった。無論、当然である。銀行で列に並んでいる間に、後から入ってくる人の顔をいちいちジロジロと確認するものはいない。しかし、一発の銃声で銀行内の雰囲気は一片した。その男の持つ小型の拳銃から放たれた弾丸が、天井を貫いた。映画や何かでは、こういった時、大抵、女の人が悲鳴をあげる。しかし、その場で起こったことは沈黙だった。人間、本当に驚いた時は、案外、何も言えないものなのかもしれない。いわゆる、空気が凍りつく、というやつだ。ご存知の通り、アメリカという国は日本とは違い誰でも簡単に鉄砲を入手することができる。合法であろうと非合法であろうとである。この男が合法でその銃を入手したのか、それとも非合法でその銃を入手したのかは定かではない。しかし、こういった男がいるために、銃を今更規制することもできないのだろう。何故ならば、危険な輩が銃を持つ社会では、身を守る為に合法で銃を持つものからその防衛手段を奪うことになるからだ。一度、認可されたものを止めることは難しい。それは、日本でどれだけタバコが百害あって一利なしと言えど違法にすることが難しいのと同じことだ。不可逆なものが、この世には数多存在するのだろう。だから、僕は、僕以外の客の誰かが、銃を取り出し、その男を射殺することをひっそりと願った。しかし、そのような行為をするものは一人もいなかった。誰もそうする勇気も銃もなかったのだ。ちなみに、アメリカの銀行では、このような事態に対応するため、銀行員と客の間は頑丈な強化ガラスで仕切られている。だから、男が銀行員を襲って金を奪いとることはできなかった。そうであれば、男がすることは決まっていた。人質をとることだ。男は日本語に訳せば以下のように叫んだ。「全員動くな。動いたものから撃ち殺す。ためらう気は無い。」誰か一人でも、ヒステリックを起こして喚いていれば、パニックになり、誰もが我先にと逃げ出し、男は所構わず銃を発砲したかもしれない。しかし、そうはならなかった。誰もが助かりたい気持ちと恐怖で、動けずにいた。男は続けて、銀行員に命令した。「あるだけ金を用意しろ。さもなければ、客を一人ずつ殺していく。」その男は今にも一番近くにいる、白人の中年女性を撃ち殺しそうだった。僕はあたりを見回した。出口に見張りもいない。どうやらこの男は単独犯のようだった。叫ぶ声は上ずっていた。薬でもやっているのだろうか。口元を隠したスカーフが汗が滲んでビショビショだった。僕はやれやれと思った。僕は、一人、列から外れて、その男の前へとゆっくりと歩き出した。僕の革靴の立てるコツコツという音でその男は僕に気づいた。男は振り返って叫んだ。「うごくな!ころすぞ!」僕は、立ち止まった。そしてゆっくりと落ち着いて言った。「銃を下ろせ。君は時期に捕まる。撃つだけ無駄だ。」そうだ、言い忘れていたけれども、僕は銃で打たれても死なない。わかりやすく言えば、僕にはスーパーパワーってやつがある。別に厨二病でそんなことを言っているわけではない。僕にとって銃で打たれるという行為とは、普通の人間で言えばピコピコハンマーで殴られるぐらいのものである。そう、僕からこの状況を説明するならば、お小遣いの欲しい4歳児がピコピコハンマーを持って駄々をこねているようなものだった。男は恐怖に怯えているようだった。それも当然だろう。丸腰の青年が、無表情で銃を持った自分に何のためらいもなく歩み寄ってくるのだ。何かを隠しもっているのかもしれないと思ったのだろう。男の両手で構えた銃口が僕の胸に向けられた。僕がもう一度やめろと言いかけたとき、二つ目の発砲音がなった。その震える両手から放たれた弾丸は僕の胸からは大きく反れて、銀行の窓ガラスを突き破った。それと同時に警報が鳴り響いた。改めて、場内はパニックになった。蜘蛛の子を散らすように人々は出口へと向かった。これで片が済んだ。外に騒ぎが知れた。時期に警察がくる。僕はやれやれと思いながらその様を見ていた。男はガタガタと震えていた。「なんでビビらないんだ。いかれてんのか。」男は腰が抜けてへなへな座り込んだ。僕は男を見下すように睨んだ。僕は愚かだなと思った。僕は超人なのだ。銃で打たれても死なない。僕が"たまたま"この銀行に示し合わせたようにいたように、僕は"たまたま"鋼の身体を持って生まれた。それだけのことである。しかし、男の動揺も最もである。この男は僕が超人であることを知らないのだ。その事実が僕に考えを巡らせた。そうか。"この男は僕が超人であることは知らない"のだ。言い換えるならば、この男は普通の人間を射殺しようとしたのだ。この男は僕に殺意を持って引き金を引いた。先ほどまでは、大したことはないと思っていたこの男の成した行為が、度し難い物事のような気がしてきた。この男が、僕を超人と思って発砲したのであればこの男に殺意はない。しかし、この男は僕を常人だと思って発砲したのだ。明らかに彼には殺しの意図があった。彼は僕を殺そうとしたのだ。もしかしたら、読者諸君はそれを些細なことと思うかも知れない。超人であるならば、どちらにせよ助かるのだから良いではないかと。しかし、実際の殺人事件にしても、過失か、衝動か、計画かで罪の重さは当然ながら変わる。この男は過失ではなく、故意に僕の命を奪おうとしたのだ。そしてそれは防衛手段ではない。彼は自分の強欲のために、人の命を利用しようとしたのだ。僕は自分の、超人の力でその男の首を捻ってやろうかと思った。それは超人の僕にはあまりにも簡単なことだった。常人のこの男と超人の僕とでは、力の差があまりにもかけ離れていた。それは、まるで人間と羽虫のようなものだった。そうか、虫と人間か。例えば、常人である君に、ミツバチが君を殺そうとしてその懐に抱えた一本の針を決死の覚悟で君に向けて突き立てたとしたらどうだろう。君はミツバチの行為に腹を立ててその君よりもはるかに小さな虫を叩き潰すだろうか。それとも、圧倒的な力の差を感じ、ミツバチに哀れみの感情を抱くだろうか。しかし、残念なことにミツバチは他者に針を突き立てると、針に張り付いた内臓も共に飛びだしいずれは絶命してしまう運命にある。この男も、僕が直接手を下さずとも裁判所が判断を下すだろう。しかし、僕が何かのきっかけで怒りに我を忘れ、その超人の力でこの男を今ここで手にかけたとしても、僕は正当防衛として罪には問われないだろう。この男が銃を持って銀行強盗をしたという事実は簡単に証明できる。多くの目撃者と防犯カメラによる物的証拠がある。けれど、僕が超人の力を持ってこの男を殺すという行為は、力の関係で言えば、いっときの苛立ちから虫をためらいもなく殺す行為と変わりない。そんなことは倫理的に許されるだろうか。赤子の手を捻るような行為が。僕はあまりに長いこと、そんなことを考えてこの男を睨み続けていた。男はついには、銃を放り出して逃げ出した。あまりにも愚かである。たった一つの武器を放り出してしまうとは。僕は拳銃を拾い上げた。男は、相変わらず腰の抜けたまま、赤子のように地を這って僕から逃げようとする。何とも常人とは哀れなものだと思った。こんな拳銃で人を殺そうとするとは。その時、第二の思考が僕の中で掛け巡った。確かに、超人の力で常人を手に掛ける行為は力関係を考えればおかしなことかもしれない。しかし、この拳銃でならば、僕がやることは常人と変わりないことだ。僕が今、この銃でこの男を撃ち殺す行為は、僕が常人にせよ超人にせよ可能なことである。僕は銃口を男に向けた。そうか、いま、僕のやろうとしている行為が、この男が先ほど僕に行った行為だ。この男が僕に射殺されても、それは因果応報というものではないか。僕は銃の安全装置を外した。トリガーに指をかけた。その時、警察がようやく銀行内に入ってきた。勘違いされては困ると思った僕は銃をとっさに捨てた。銀行員が状況を説明し、その男は逮捕された。僕の決断が少し早かったならば、または警察の到着がもう少し遅ければ、僕はこの男を撃っていたかもしれない。僕はしばらく警察から事情聴取を受けてから家に帰った。

事情聴取のおかげで、家に帰った時にはもう夜の11時を過ぎていた。普段は僕よりも帰宅の遅いルームメイトが、流石に先に帰宅していた。彼女の将来の夢はカウンセラーで、大学では心理学を専攻している。彼女はよく、僕の相談相手になってくれる。心身ともに疲れた僕は彼女と少し話がしたいと思った。

「おかえりなさい、ねおらる」

「ただいま。今日は色々と疲れたよ。相談に乗って欲しいな。」

「また、相談?まあ、私の将来のリハーサルにはなるから、いいけどさ。」

「ありがとう。」

「あ、その前に昨日かけた催眠術の暗示をそろそろとかないと。」

「催眠術?」

「うん。カウンセリングする時、あまりにも心の状態がよくないと、催眠術を使ってトランス状態になってから相談したりするってこの前話したじゃない。それで、練習の一貫であなたに実験台になってもらったじゃない。」

「そうなのか。あんまり、覚えていないや。そういうもんなのかもしれないけど。」

「ええ、じゃあ、さっそく解いていきましょう。」

「ああ、どんな暗示だったんだ?」

「自分がスーパーマンだと思い込む暗示よ。」