七夕の願い
あれは確か僕がまだ幼稚園児だったころだと思う。
七夕の短冊に願いを書くことになった。
周りの子供たちは次々と自分の願い事を書き込んで笹に結びつけに行っていた。
僕は、薄い黄色の短冊と鉛筆を持って、ぐずぐずとしていた。
何を書き込めばいいのかわからなかった。
そばで見ていた父親に願い事って何?と尋ねた。
父親は「お前のしたいと思うことだよ」と教えてくれた。
しかし、わからなかった。僕が何をしたいのか。
いつまでも書き始めない僕に「アイスホッケーが好きだから、NHL選手になるというのはどう?」と聞かれた。
National Hockey League、アメリカとカナダを跨いで行われている世界最高峰のアイスホッケーのリーグだ。
当時の僕にはどれだけ高い壁だったのかすらわかっていなかった。
だから僕は言われるがままにその通りに書いた。
父親がその短冊を受け取り、笹に結んでくれた。
自分の目で改めて、たくさんの願い事の短冊で飾り付けられた笹を見る。
誰しもが、大きな字で力強く自分の願い事を書いていた。
その中にポツンと、弱々しい小さな字で
「NHLせんしゅになりますように」
と書いてある自分の願い事があった。
今でもそのときの文字は覚えている。
自分では一生懸命書いたつもりだったけれど、並べて見てみると自分の願い事が見窄らしいものに見えた。
僕は本当はNHL選手になりたいとは思っていなかった。
しかし、他の願い事があったわけでもなかった。
ただ、言われるがままにしているのが楽だった。
今なら、なんて書くのだろうか。七夕の願い。
そんなことを突然考えた2月の終わりでした。