擬人化
日本人は擬人化が好きらしい。何でも擬人化してしまう。動物はもちろん、お菓子、家具、空想上の生き物、乗り物、etc.
僕が小学生の頃、学校で詩を書く授業があった。
国語の教科書に「かまきり りゅうじ」というカマキリの書いた詩が載っていた。
そういったいくつかの詩を参考に各々がオリジナルの詩を作ることになった。
特に内容の指示があったわけではないが、僕はどういうわけかとあるものを題材にしていた。
捻くれ者の僕は、そこんじょそこらの物を擬人化はしなかった。
僕が擬人化したのは、建物と建物の間、空間だった。
その名も「あいだくん」
主人公の男の子が、とある建物の隙間である「あいだくん」に会いにいくというストーリーだった。
男の子は彼と一緒に昼寝をしたり、トカゲを捕まえたりして遊ぶのだ。
僕の頭の中には「あいだくん」と戯れる男の子(自分)のビジョンがあった。
友人や先生に見せると、面白い面白いと言われて好評で、僕は嬉しくなった。
「あいだくん」の続編を僕は次々と書いては友達にみせていた。
そして、月日は流れて、参観日、それぞれが作った詩を母親たちの前で読み上げることになった。
僕は意気揚々と「あいだくん」を披露した。
友達と先生があんなに褒めてくれたのだから、母親たちも絶賛するに違いなかった。
しかし、母親たちは僕の詩を聞いて爆笑しはじめた。
僕はふざけていたわけではない。
いたって真面目に詩を書いていた。
だから、途中から恥ずかしくなって、顔が真っ赤になった。
笑う母親たちの中で、自分の母親が一番大きな声で笑っているのをみて恨めしくおもった。
それ以来、「あいだくん」の続きが書かれることはなかった。