気持ちを書くブログ

写真撮影、コンピュータが好きです。あと本とゲーム。落語も好き。おしゃべりも好き。

壁にぶつかった日

始めに

どうもこんにちは、ねおらるです。

さて、みなさん、元気でやっておりますでしょうか?

僕はあまり元気ではないです。

いや、元気っちゃ元気なんですけれど、どこかやりきれないような、エネルギーが発散されていないような、イライラが募っているような、そんな気分です。

コロナ騒ぎのせいかもしれません。

今日は、先日書いた文章をあげてみようと思います。

読んだ人が少しでも元気をもらえたらと思い書きました。

お時間あれば、続きをどうぞ。

本文

僕はアメリカの大学に留学している。

久しぶりに、同じく日本人の留学生と電話をした。

彼女とは同じ短大で知り合い、今はそれぞれが別々の大学への編入した。二人で話しているうちに、こんな話題になった。

それは「英語が苦手」という話。

僕は留学を始めてもうすぐ三年、彼女は四年になる。

「3年間留学をした人」を思い浮かべてほしい。

どんなに英語がペラペラだろうかと。

実際、大したことはない。

相変わらずスタバの注文ではテンパるし、Rの発音はできないし、自分でも明らかに間違いだとすぐ気づくような文法ミスで話してしまうし、ネイティブ達の会話には混ざれない。

一対一でのやりとりで、丁寧に発音してもらってようやく意思疎通が取れる。

3年間を費やして、このざまである。

正直に言って、全身全霊をかけて留学生活を過ごしてきたとはいえない。

それでも、僕なりにやってきたつもりである。

留学を始める前と比べたら、英語力は格段にあがった。

特にリスニング能力は目覚ましい。

大学の講義を英語で理解することができる。

友達も少ないながらも作れたし、大学の成績だって上場だった。

「すごくない?ちょっと褒めてくれてもよくない?」などと溢してみたい。

しかしながら、苦手な話題、モゴモゴ話す人、早口の人、スラング多用しまくる人、などには未だ苦戦してしまう。

やっぱり、ペラペラにはなれなかった。

留学を始める前に思い浮かべていたそれにはほど遠い。

さて、ここからが本題。

これは、英語に限った話ではなく、どんな物事の成長曲線も、一次関数とか指数関数みたいには伸びてくれない。

実際は対数関数のようなグラフだ。

始めはグングン成長するが、ある程度上達していくと、飽和していく。

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これは誰にでもあって、そして、人それぞれ振れ幅が違う。

すぐに飽和してしまう人もいれば、大きく成長してから飽和してしまう人もいる。

僕の英語力の飽和点は、さっきあげたようなレベルだったのだろう。

留学当初は四苦八苦していた。

不慣れなことにたくさん挑戦して、多くの恥をかいた。

でも、今は楽に生きる術を覚えてしまった。

いまある英語力で不自由なく生活できるようになってしまった。

(え、Rの発音ができなくてアメリカで生活できんの?って思いますか?意外とできます。)

他にもくだらない例を挙げれば、友人とゲームで遊んでいる時にも同じようなことを感じた。スマブラで、初心者の友人と遊んでいると、何気なく遊んでるだけなのに、ぐんぐん友達は上手くなっていく。

しかし、ある程度までくるとピタリと成長が止まる。

何度遊んでも強さが変わらなくなってくる。

無意識による学習の限界がくる。

スポーツでもそうだった。

僕はアイスホッケーを4歳の頃に始めて、25歳の今までずっと続けてきた。

最初の2、3年はみんなグングン成長する。

自由自在に滑れるようになってくるし、ハンドリングやシュートの精度もあがっていく。

でも、ある日、飽和点へと辿り着く。

ある一定の実力へと達すると、成長が止まってしまう。

それでは、この成長曲線の飽和点の高いことを才能と呼ぶのだろうか。

いくら時間を割いても飽和点に達したら成長できないのだろうか。

飽和点に達して、ずっとそのままの人もいる。

しかし、そうでもない人もいる。

壁を破れる人。

ガムシャラに頑張っても、仕方がないことが世の中には多々ある。

ただ、「努力をする」、「時間を割く」では、乗り越えられない壁。

そんな時は、今の自分を省みる目が必要だ。

飽和点に達した人間は、その行為を大抵、無意識で行なっている。

それは、車の運転に慣れた人間がほとんど何も考えずに運転するのと似ている。

ゲームでも、語学でも、スポーツでも、なんでもそうだ。

友人がゲームの飽和点に達した時、僕は彼が考えていなさそうな概念やテクニックを伝える。

そうすると、新しいことを考えなくてはならず、一時的に弱くなるが、また段々と成長していく。

そうしているうちに先ほどの飽和点を超えて成長している。

スポーツでは、コーチや監督が変な癖を矯正してくれる。

語学でも、伝われば何でも良いという自分本位の話し方から、自分を客観的な目でみて、成長をしようとしなければ成長しなくなる。出川イングリッシュで止まってしまう。

飽和点の高い人を才能があると呼ぶのか、それとも何度も壁を破れる強さを才能と呼ぶのか僕にはわからない。

でも、きっと後者だ。

一見、順調にグングンとトップレベルまでたどり着いたように見える人でも、何度も何度も壁に打つかっているはずだ。

その度に乗り越えてきた。

またそのうちに壁にあたる。

それも冷静に自分を考察していけば乗り越えていける。

さらに先へと進んでいける。

そして、成長を続ける人は、今もどうしたらその壁を乗り越えられるか考え続けている。

だから、先ほどのグラフの続きはこうだ。

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自分の英語力、まだまだ発音は汚いし、単語力も甘い、言い回しはワンパターン、苦手な訛りには弱いとか、問題は山積みだけど、それでもコツコツやっていこうと思う。

壁を破るには、今までの型を破っていかなくてはならない。

それは、すごく辛いことだ。

変化をつけるということは、自分が良い方に変わらなくてはならない。

一人では、できないかもしれない。

背中を押してくれる友人。

相談できる親、先輩、同僚。

それらがいるならば、もっと上を目指していける。

コロナで嫌になってしまうことも多いけれど、それでも、学べることはたくさんある。

楽しめることはたくさんある。

学習で一番大切なのは、前向きなことだ。

自分はこんなもんだと諦めるのをやめよう。

自分の才能に区切りをつけるのをやめよう。

思考を止めるな。

壁を壊そう。

コロナでみえた本当に大切なモノ

こんにちは、ねおらるです。いかがお過ごしでしょうか。 みんな、コロナコロナって聞き飽きたよね? だから、今回は僕の身の上話を聞いてほしいな。 僕はアメリカで大学生をやっています。訳あって、日本の大学を中退して入り直したから25才にもなるのに未だ学位も持たずにだらだらと過ごしています。 そんな、留学生の僕は、コロナの影響を受けまくりました。 まず、アメリカの大学が全てオンラインになりました。だから、下宿先のアパートで3月から7月までずっと一人でパソコンに張り付いて授業を受けていました。これは寂しかったなあ。僕と同じような境遇の日本人留学生も多かったんだけど、ほとんどの人が4月とか5月の一番混乱している時期に、怖くてアメリカから日本へと次々と帰国していきました。データはなくて僕の体感でしかないけど、あの時期に帰国した留学生が一番多かったんじゃないかな。僕は(というか世間も)全然状況が掴めていなかったから、慎重を期して僕はアメリカに止まることに決めました。そうしたら、WHOは「大したウイルスじゃない」と「インフォデミック」の二つの主張をしたよね。4月、5月の時期はその発言がすごく槍玉にあがって叩かれていたよね。今考えてみると、WHOは正しかったんじゃないかなと僕は思う。さて、そんなわけで3月から7月現在に渡り、オンライン授業の合間に僕はコロナについて自分なりにちょこちょこと情報を集め続けました。だって、日本のメディアは感染者をまるで犯罪者か晒し者みたいに「〇〇県の〇〇市で○人家族の東京帰りのお宅で感染者がでた」とか報道したり、ひたすらに不安ばかり煽るようなことばかりしているもんね。本当に酷いと思いました。「人権には配慮して」とか言っているけれど、そこまで書いてたらバレるし。今はネットでなんでも拡散されるし。実際に家を追われるような被害もでまくっていたし。それでもやめないとか本当に頭がおかしいとしか思えない。しかも、普段は「マスゴミフェイクニュースばっかり」とかみんなはネットで叩いているくせに、こういうときには情報を鵜呑みにして、マスコミが報道する感染者数ばかり気にして、コロナに対する新しい科学的な発見とか、統計のデータとかは全然気にしてないんだもんね。あいかわらず、4月や5月の頃みたいに、「コロナは未知のウイルスでかかったら死ぬ」としか考えてない人がたくさんいるんだもん。確かに、イタリアやニューヨークでは大量に人が死んでしまったよね。でも、それって本当にコロナの致死率が高かったからなのかな?じゃあ、どうして、日本では相変わらず重篤患者が3%以下なのかな?日本はアメリカよりも清潔だから?マスクのおかげ?じゃあ、どうしてアメリカよりもよっぽど衛生環境の悪いインド、中国、ベトナムなどの国々でも被害が少ないのかな?BCG、結核の免疫とコロナへの耐性の関係については知っているかな。PCR検査しろって仕切りにいうけれど、そもそもPCR検査ってどんなものか知っているのかな?PCR検査は精度が決して高くないし、ウイルス量もある程度はわかる検査方法なのに陽性と陰性の2パターンしか診断結果が伝えられないのはどうしてかな?PCRの開発者のキャリーマリスはPCRは病気の検査には使うべきでないと主張していたのは知っているかな?コロナウイルスは細かく分類すれと何十種類も存在し、そのうちには常在菌として誰しもが持つモノだとする説があるのは知っているかな。そもそも、ウイルスは必ずしも悪いものではないことは知っているかな。そんなの全部知ってるよって人もいると思う。全部初耳だよって人もいるかもね。でもさ、ネットに蔓延る「人の生命がかかってる」「コロナは危ない」っって感情論の人たちはそういう調査してるのかな、続けてるのかな。日本でのコロナの一番の問題は指定感染症政令で決められたことってことだよね。時期に、コロナは指定感染症(症状の軽重によらず強制入院)から第1~5種感染症のどれか割り当てられます。第一種感染症は例えばエボラ出血熱とかペストのようなとっても重たい病気、第5種感染症はインフルエンザとかクラミジアなどが分類されます。もし、コロナが第5種感染症に分類されるような病気であるのに、指定感染症の扱いを受けているとしたら、患者も病院も割りに合わない処遇を受けていることになる。そして、この経済封鎖もまったくもって割りにあってないよね。選択とは何かを切り捨てることでもあるけど、何かを助けることでもあるよね。「生命が生命が」「コロナは危ない自粛自粛」と新しい情報を取り入れずテレビに振り回されて自粛警察やマスク警察のようなことをする行為は、多くの人を傷つけています。今の自粛は何も守れていません。むしろ、人々を傷つけています。もう少し、自分の頭で考えましょう。諦めずに情報収集しましょう。正しい選択をしましょう。

おっと、すごく話が脱線してしまいました。今回は僕の身の上話をするはずでした。そのようなわけで、僕個人の意見としては未だに自粛だ自粛だ感染者0を目指そうとか言っている人はアホだと思います。PCR検査を続ける限り、感染者は0になんて、絶対になりません。理由はPCR検査と感染症の関係について少し調べればわかります。

さて、そんな最中、アメリカではf-1visaに対する不当な政令が発布されようとしていました。そんな事情もあり、そしてコロナについて上記のようなことがわかってきたこともあったので、僕は帰国しました。帰国したときに、PCR検査の結果を待たずに会おうと言ってくれた友人もいれば、2週間経たないと会いたくないという友達もいました。僕は嬉しくもあり、悲しくもありました。あ、ちなみに僕は陰性でしたし体調も良好ですよ。まず、アメリカといってもど田舎の感染者0の街からでてきましたし、空港も飛行機もガラガラでしたしね。とか、そんな情報も考えずに「アメリカ=危険」っていう短絡思考なんだろうけどね、そういうこと言う人は。日本では東京は危ないけど島根は安全とか言い張るくせにアメリカになると一括りだもんね。まあ、いいや、さっきも述べたように、本当のところはそんなことは大した問題でもないし。もちろん、僕のように、または僕以上にコロナについて事態を調べて、その上で会うべきではないと判断された場合は僕も嫌な気持ちはしません。けれども、対して調べもせず、視聴率が取りたいだけで身の保身のために危ない危ないと不安を煽るだけのメディアを信じ切って、僕を病原菌のような扱いをする人にはこっちから会いたくないなと思いました。中には僕をヤベー奴だと罵る人もいるのかもしれません。でも、これでみえてきたような気がします。本当に大切なモノはなんなのか。人生を生きていく上で、身の保身よりも大切なモノは、たくさんありますよ。とだけ、僕はいっておきたいです。ここまで読んでくれてありがとう。意見があったら聞かせてください。

左乳首の話

今日は右乳首について話してみようと思います。先日、とあるモデルさんがインスタグラムで自身のアイメイクの写真を投稿していました。私は何の気無しに「右目と左目はどちらが好きですか?」とコメントをしました。正直な話、先日の私からすれば、それは例えば「お饅頭を二つに割りました。右と左ではどちらが美味しいですか?」と尋ねるような馬鹿げた質問だったのです。しかし、彼女は「右目かな〜」と返信をしてくれました。彼女のフォロワーは30万人を超えているので、返信が返ってきただけでも私は舞い上がってしまいました。私は彼女もふざけていると思い、「え?ふざけてるの?笑」と再びコメントを書くと、彼女からは「?」と疑問符だけが返ってきました。彼女は単純に自分の右目と左目の角膜の綺麗さ、結膜の白さ、下眼瞼の形などを総合的に評価して、答えたにすぎないのでしょう。私は目から鱗が落ちる思いでした。(目だけに笑)その時の私には、眼の左右の美の違いを評価するだけの観察眼がなかったのです。(目だけに笑)それはまるで、音楽の教養がないものにクラシックが楽しめないことや、絵画の知識の無いものに美術館が楽しめないのと同様に、私には目の美しさの指標が無かったのです。恐らく、メイクというものを通し、毎日自分の顔を鏡を通してみる時間が長い女性と、歯磨きの時ぐらいしか鏡の前に立たない男性とでは感性の幅に違いがあったのでしょう。しかし、よくよく見比べてみれば、左右対象に見える人間の身体のペアをどれ一つをとってみても精密に同じ作りではありません。これは、僕にとってのひとつのパラダイムシフトでありました。そこで、私は眼以外のものに着目してみることにしました。人間の外見は多くのパーツがペアで構成されています。手、足、指、鼻の穴、歯、えくぼ、etc。そこで私は乳首に着目してみることにしました。乳首も左右に一つずつ存在します。そして、それらの形は微妙に異なります。私は身につけていたTシャツを脱ぎ捨て、顎をできるだけ引いて、乳首を覗き込みました。それはいかにも滑稽な様子だったと思います。しかし、だんだんと顎と首が疲れてきたため、私は鏡を利用して観察を続けることにしました。左右の乳首を見比べてみると、それらの大きな違いは乳輪の形でした。乳輪は実は綺麗な円形ではなく、なだらかな曲線を描く楕円形のような形をしていました。そして、私は右の乳首の乳輪のラインの方が美しく思えました。一見違いのない、両乳首のどちらが綺麗なのかをぼんやりながら判断することができたことに私は喜びを感じました。これで、ひとつ、美的感覚を成長させ、あのモデルさんに近づけたような気がしました。私は嬉々として、彼女の疑問符に対して返信をしました。「僕は右乳首が好きです!!」彼女のインスタからブロックされました。

雨の日

あの日の情景、あの日の感情、それだけははっきり覚えている。

世界が違ってみえていた。

雨の日だった。僕は気にせず走っていた。

田舎道だったような気もする。

線路沿いを走っていた。

白い紙に包まれた何かを抱えていた。

紙は雨に濡れてビリビリに破れた。

中に何が入っていたのかわからない。

大切なものだったような気もするし、

どうでもいいものだったような気もする。

世界が浮ついていたような気がする

いまのコロナウイルス騒ぎと似ている

非日常を胸いっぱいに僕は抱えていた

家にたどり着いたとき、ありったけの水を飲んだ

水を飲むと言う行為がこれほど嬉しかったことはない

身体の中をカラフルな何かが満たしていった

世界がいつもと違った

悪い夢から覚めたときみたいに

世界が煌めいてみえた

それでいて退廃的だった

それなのに僕は満たされていた

僕は続けて走った

雨はやんでいた

知らない駅についた

どこへ向かうかもわからない駅

びしょ濡れで息を切らせる僕を

駅にいる人々が怪しげにみる

僕はどんなもんだと思った

僕が世界の中心にいた

僕だけが走っていた

誰も追いつけなかった

あの日はなんだったんだろう

あれはいつの日だったのか

僕の中のエネルギーが燃えているのがわかった

人間はエントロピーを増大させるマシーンだ

そんなことみんな忘れてしまう

鼓動も血流も電流も燃焼も、僕は意識してなかった

でもその時は確かに僕は燃えていた

あの日。思い出せないあの日。

でも、忘れられないあの感覚。

AV女優とセックスした話

はじめに

こんにちは、ねおらるです。今日は少し珍しい体験をした話をしてみようと思う。今回はガッツリ下ネタ満載なので、未成年と女の子は読まないでください。

Sさんで抜いていた話

男なら誰でもAVをみてシコったことがあると思う。そして、誰にでもお気に入りのAV女優の一人か二人ぐらいはいるもんだと思う。当時、僕も人と変わらずそんな風に色んなAVを観て漁っていた。僕にはその中でも気になっているAV女優が一人いた。名前がないと話しづらいけれど、名前を出すわけには行かないのでSさんと呼ぶことにする。Sさんは明日花キララとか上原亜衣とかほど有名でもないけれど、テレビなどのメディアにもちょくちょく出ていたし、単体の作品も数多く出していたから、それなりに有名な女優さんだと思う。僕は高校生の頃に彼女の美しい顔に魅入られて、何度も彼女でオナニーをしていた、何を血迷ったのか、彼女の顔写真をスマホの待ち受けにしていた時期もあった。不意にスマホの待ち受けを友達にみられたときに「誰これ?観たことないけどアイドル?それとも彼女?」などと聞かれると、AV女優だとは言えずに照れ隠しに「そう。彼女」などと答えていた。僕は彼女のことをオナペットとしてしかみていなかった。無料動画を漁ることもやめて、彼女のビデオをオンラインで購入したりするほどいれこんでいた。僕がSさんを知ったのは高校生の頃で、ど田舎の一高校生であった僕がSさんと接点を持つことは当然なかった。

大学生の時

それから数年が経って、大学生になり、僕は田舎から上京した。何もかもが輝いてみえた。電車に乗っているってことだけで喜んでいた。「僕は今東京で電車に乗っている。」それだけの事実にもわくわくして胸が躍った。東京にいれば何かが変わるんじゃないかと思った。実際、東京に出てからの生活は地元にいた頃よりも別格に楽しかった。彼女ができて、セックスっていうものを覚えて、僕は調子に乗っていた。AVを見る頻度も落ちていった。彼女のいる男なら分かってもらえると思うけれど、セックスとオナニーは少し別ものだと思う。彼女と半同棲していて、ほとんど毎日セックスができると言ってもたまにはオナニーがしたくなった。僕は時々、一人の時にオナニーをした。またその時の流行りの女優さんを漁ってぬいていた。そしてふと、高校生の頃に買ったSさんのビデオを思い出した。僕は久しぶりに某サイトにログインして購入履歴を確認した。Sさんの動画がストリーミングで観れた。久しぶりにみるSさんはやっぱり綺麗だった。抜き終わって謎の達成感を得る。床に転がって天井を見つめる。賢者タイムには二種類あると思う。謎の後悔というか倦怠感を抱くもの、そしてやたらと幸せな気持ちになるもの。その時は後者だった。そして、こんなにお世話になっているんだからまた新しい作品でも買おうかなと思ってSさんをネットで検索することにした。そしたら、2ちゃんねるの彼女のスレがあった。他人のSさんに対する評価が気になったのでそのスレをざっと目で追っていた。そしたら、彼女の実名が載っていた。誰かが特定したらしい。AV女優としての名前はなんと言うかとてもキラキラしたいかにもアイドルって感じの名前だったけれど、本名は姓も名もその辺にいそうな名前だった。でも、ネットの情報だし、そこまで信憑性のあるものでもないと思った。しかし、下の名前が初恋の女の子と同じだったのもあって、どういうわけかそのガセネタのフルネームを僕は覚えてしまっていた。

短期留学とFacebook

それから、また数年が経った。僕は短期でアメリカに留学へ行くことになった。それで、それまではLINEとTwitterしか使っていなかったけれどアメリカ人は気軽な連絡先交換にFacebookを使うと聞いたので(今ではInstagramの方が一般的)Facebookのアプリを入れることにした。Facebookは高校とか大学とかの学歴とか顔写真とか多くのことがオープンなので確かにTwiterとかよりも匿名性が低くて信頼性が高いなと思った。アメリカ留学はとても楽しかった。一ヶ月半という短期の言語学習の留学だったからほとんど遊びみたいなもので。申し訳程度の授業が終わったら毎日友達(もちろん一緒にいった日本人)と遊んで回っていた。夜には。ホームステイファミリーの家のWi-FiをかりてまたSさんの動画をみて抜いていた。そしたら、またあのガセネタのフルネームが思い浮かんだ。ふと僕は、ダメ元でFacebookでその名前を検索してみた。そしたらヒットした。Sさんと思しき女の子の写真のアイコンがでてきた。それは海外の広大な大地に通じる一本の長い長い道路の前で大の字でポージングしている写真だった。なりすましだったら拾い画のもっと綺麗なのを使いそうだし、顔のアップの写真とかじゃないところが妙にリアルで僕は好奇心から友達申請を送ってみた。しかし、彼女からの友達申請の承諾はなかった。留学で小忙しかったのもあるし、そもそも当時彼女もいた僕はそのアカウントとどうこうしてやろうという考えもなかった。それに、高校生の頃からずっとスクリーンの向こうで生きる彼女をみてきたし、彼女は僕にとっては高嶺の花を通り越して雲の上の住人だったし、単純に「もしかしたら本物かもしれないSさんのプライベートのアカウント」に接触を試みてみるというだけでドキドキしてそれだけで満足していた。

長期留学へ、そして初めてのやりとり

この話は長くなりすぎるので端折るけれど、なんやかんやあって僕は日本の大学を止めることにした。退学届をだして、アメリカの大学に入り直して頑張ることにした。それまではそこそこの大学でそこそこ優秀な成績を納めて結婚相手としては優良株だったのにそれを捨てた僕に呆れて、彼女は僕の元から去っていった。一人になった僕はまた高校生のころみたいにAVだけで性処理をすることになった。またSさんの情報を見てみようとTwitter みてみた。そしたらなんとSさんは引退していた。Twitterでは何万というフォロワーから彼女の引退ツイートに何百という感謝と惜しみの言葉が送られていた。ああ、これでもう彼女の新しい作品はみれないのかと思うととても悲しくなった。そしてそのTwitterの人気ぶりを見て、改めて彼女が殿上人であることを思い知ったような気がする。僕はまたFacebookをチェックした。相変わらず友達申請は認証されていなかった。しかし、メッセンジャーアプリを見てみると意外な事実に気づいた。最近利用していないので今はよくわからないけれど、Facebookは友達同士ではなくても個人チャットを送れることがわかった。僕はダメ元でその偽物か本物かもわからないアカウントにメッセージを送ってみた。特に捻った文章でもなかった。「こんばんは。初めまして。綺麗な方だなと思って、よかったら話してみたいと思ってついメッセージ送ってしまいました。」確かこんな感じだったと思う。もう全てのSNSを消してしまったのでよく確認はできないけれど。当然、返信は無かった。アメリカでの生活は孤独だ。住み慣れたコミュニティを離れるのはとても辛い。地元を好きであればあるほどに辛い。だから多くの人は頻繁に日本の家族や恋人、友達と連絡をとる。それでも寂しさは紛らわせるものでもない。根が真面目な僕は、日本にいる友達と電話しているときですら心の声に「せっかくアメリカにきているのに日本人とやりとりばかりするな」と責め立てられてストレスを感じる。僕は寂しかった。そしたら、スマホが鳴った。Facebookからの通知だ。なんとSさんだった。彼女から返信がきた。「こんばんは。メッセージありがとう。よかったらよろしくお願いします!」とメッセージがきた。僕は有頂天になった。偽物かもしれないという考えは吹き飛んで盲目になってしまった。とにかく何度も一方的にお世話になった女優Sさんからメッセージがきたということが嬉しくてたまらなかった。僕はそっけない短文ではなく、それでいて気持ち悪い長文でもない、フラットで返信しやすいけれど彼女を引きつけるオリジナリティのある文章を捻り出して何度も推敲して送った。また数日後に彼女から返信がきた。僕は彼女がAV女優だと知っているということは隠して接した。あくまでFacebookで偶然見つけた可愛い子にアタックする男の子を装った。僕はプロフィールに思いっきり顔写真を載せていたし、彼女に僕の個人情報は筒抜けだった。今考えると、彼女がなりすましだったらとても危ない気がする。けれど、彼女がAmazonギフトを寄越せだのこここのサイトに登録してくれだのいってくることは一切なかった。僕は彼女と文通のようなものをしていた。昨今では、ラインで一言二言の短文を素早く何度もやりとりするっていう同期式のやりとりが主流だけど、僕とSさんは短い手紙ぐらいの長めのメッセージを数日にわけてやりとりをした。それで、彼女がAVをやめてからはカナダでワーキングホリデーをやっていることがわかった。僕も同じく海外で英語に悪戦苦闘している身だったので、同じ目標に向かう共同体みたいな仲間意識が生まれて、英語の話でもりあがったりした。ワーホリの彼女よりも、大学に通う僕の方が英語のレベルは高かったので時々彼女のわからないポイントを教えたりしていた。日本では実家は千葉にあることとか、日本に帰ってからの仕事のあてとか個人的なことも彼女は教えてくれた。この時にはもうこのアカウントが偽物だと疑うことはなくなっていた。

日本へ一時帰国

冬に日本へ一時帰国することになった時、僕はSさんにそのことを伝えた。そうすると、彼女もちょうどカナダでのワーホリを終えて日本に帰るところだということがわかった。僕はダメ元で「時間あったらお昼でも食べに行きませんか?」と送ってみた。夕ご飯とかお酒を飲みに行こうにすると下心が丸出しだと思ったからとりあえず会ってみたかった僕は昼ごはんを提案した。彼女とあわよくばヤリたいという思いよりも、とにかく会いたいと思っていた。下心を出して嫌われるぐらいなら彼女に会えるそれだけで十分だと本気で思った。翌日、彼女から返信がきた。「ええ!予定があったら是非行きましょう〜!」とのことだった。僕も馬鹿ではないので、女の子が予定が合えば会おうとか行けたら行くとかいった時はNOだってことはわかっていた。でも、それでもへこたれずに押して押して押しまくるのが男だと思った。だから、僕は強気に予定を提示してみることにした。何日から何日までなら東京にいるので僕は会えますと伝えた。そしたらなんと、「○日なら行けそうです」と返信がきた。心臓がバクバクした。もしかしたら何度も一人でベッドの中で夢見たSさんに会えるかもしれない。男子諸君、想像してみてほしい。今晩、スマホ越しにみる絶世の美女を。彼女と会えるんだ。これが男の夢ってやつじゃないか。しかし、現実はそこまで甘くなかった。それから、日本に帰り、彼女とあう予定の日が迫ってきた。僕のドキドキは日に日に高まっていった。そして、予定日の前日の夜、彼女からメッセージが来た。「ごめんなさい、やっぱり明日厳しそうです」やっぱりかと僕は思った。まあ、でも夢はみさせてもらったよと思った。僕の心はそこでぽっきり折れてしまって、「そうですか。じゃあ、また暇があったら連絡してください」と送った。まあ、そりゃそうだろうよと言う思いで僕は東京をぶらついた。元々は渋谷であう予定だったけれど、電車にのってふらふらと有楽町へ向かった。どういうわけか僕は有楽町が好きだった。渋谷とか原宿は人も多いし怪しいキャッチも多いし苦手だった。その日は彼女と会う予定しかなかったし、東京には帰る家もないので僕は泊めてくれる友達の仕事が終わるまでぶらぶらと時間を潰していた。銀座の方まで歩いて、本屋に入って本をジャケ買いして、手ごろなカフェに入って読書をしていた。クリスマスも終わって、年末の日本は、せわしないようなぼんやりしたような不思議な空気感だった。日はすっかり沈んで銀座の街はキラキラと人工的な光で包まれていた。そしたら、またスマホが鳴った。Sさんからだった。「急用が思ったより早く終わったので、夕ご飯なら一緒に食べれそうですけど、まだ会えますか?」このメッセージを受け取った瞬間は僕の人生の幸福なシーンランキング上位入賞間違いなしの瞬間だ。周りも憚らずに僕は静かなカフェで一人立ち上がりガッツポーズをして「よっしゃー!」と叫んだ。でも、東京って街は不思議だ。意外と周りの人は「なんだこいつ」って目線を一瞬向けはするもののすぐに我関せずって空気に戻る。僕はそのカフェを一目散に飛び出しながら返信した。どこに向かえばいいのかもわからないのにとにかく駅に向かって僕は走った。おかげでさっき買ったばかりの本をカフェに置いてきてしまった。でもそんなのもうどうでもよかった。「もちろんです!どこに向かえばいいですか?」

Sさんは実在するのか

待たせてしまったのが申し訳ないからとSさんから僕のいる場所に来てくれるということだったので僕は有楽町駅で待つことにした。改札をでて広間に出たところを階段で降ったところにあるフードコートに繋がる小さな地下空間のベンチに腰掛けて彼女を待った。少し寒かったけれどそんなことはどうでもよかった。僕は初めは嬉々として待っていた。しかし、だんだんと怖くなってきた。本当に彼女がやってくるだろうか。本当は壮大な誰かのいたずらで、どこぞの男がやってきて笑われるんじゃないかとか、AVの裏側のギャングみたいな人たちが出てきて脅されるんじゃないかとか、実は美人局なんじゃないかとか急にそれまで閉じ込めていた不安が飛び出してきた。このまま会わない方がいいんじゃないかと思った。しかし、それは彼女も同じだと思った。もし、本当に彼女が本物だったとしたら、女の子の方がよっぽどそういう恐怖を感じているはずだと思った。それでも勇気を振り絞って、こんなどこぞの得体のしれない男にあってくれるというんだから、万が一、それが本物だとしたらその気持ちを裏切るということになる。それだけはダメだと思って、もはや喜びなのか不安なのかわけのわからない緊張に包まれて彼女を待った。大学の合否発表なんかよりもよっぽど緊張をした。せめて誰かにこのことは事前に伝えておくべきだったかなと後悔し始めた時、横から声をかけられた。「〇〇くん?だよね?」僕はビクっとして横を振り向いた。口元までしていたマフラーを片手で首元までおろす。Sさん?なのかな?と思った。彼女は長い茶髪にマスクをしてクリーム色のトレンチコートに身を包んで小さな黒い手持ちカバンを抱えていた。彼女の第一印象は「思ったよりも小さい」と言うことだった。スクリーンを通してみている人たちってどういうわけか大人ってイメージがあって自分よりも大きな存在として認識していたので、実際にみたSさんはとても可愛らしくて僕が見下ろす身長だった。「は、はい」と答えたけれど声は上ずってしまった。焦って立ち上がって、僕は「お願いします!」と頭を深々とさげて握手を求めた。今思い出しても意味がわからない。まるで急に告白したみたいな感じだ。Sさんは落ち着いた様子で、「ええと、よくわかんないけど、よろしく。」と笑って握手してくれた。だんだんと正気にもどった僕は「とりあえず、ご飯でも行きましょうか」と提案をした。提案はしたもののその後の考えはまったく浮かばなかった。心臓がバクバク高鳴っている。頭に必要以上の血液が送られすぎて、クラクラしてくる。これが夢なんじゃないかすら考えられてくる。とりあえずフードコートの方へ歩いて行く。Sさんはこんな庶民的なお店で食べるんだろうかと不安になって尋ねる。「こんなところで大丈夫ですか?もっとお洒落なレストランとか行きますか?」とそんな所知ってもいないのに提案してみる。「全然大丈夫だよ!私をなんだと思ってるの。お腹すいちゃったし近場に入ろうよ」と笑ってくれた。比較的すいていたイタリアンのお店の前で数分まって入り二人席に向かい合って腰をおろす。お水が運ばれてきて、はじめてSさんがマスクを取った。何度も繰り返しビデオでみた顔がそこにあった。Sさんは実在していた。僕はなんだかわからないけれどホロホロと涙がでてきてしまった。それをなんとか目を擦ってやり過ごす。Sさんは綺麗だった。僕はその日、世界一美味しいボンゴレスパゲッティを食べた。

夕飯後

僕には彼女はいたけれど、ラブホテルにいったことがなかった。だから、どの部屋がお好みかとか休憩か宿泊かとか言われてもわけもわからなかった。というか、そう。僕はラブホテルにいった。Sさんと。実際に会ったSさんはお淑やかでお喋りではなかった。ご飯を食べながらは、僕がいろいろと尋ねて話を引き出す形になった。「カナダはどうでしたか」とか「今日はお仕事だったんですか」とか。とにかく、前職については尋ねないようにしていた。尋ねて「実はAV女優なの」とぶっちゃけられても、うまいことすっとぼけて初めて知ったようなふりをすることが僕にはできそうになかった。だから、こんなことになるとは思っていなかった。ご飯を食べ終わった僕たちは店を出た。彼女と会えただけで大満足だった僕は、彼女を駅まで送ろうとした。すると彼女が今夜の宿泊場所はどうするつもりなのかと尋ねてきた。僕はどきっとした。普通の会話なのか、それとも誘っているのかとかどきまぎしてしまった。しかし、本当のことをいいたくなかった。本当は友達の家に泊まる予定だったけれど、その友達は女の子だったので女の子の家に泊まるとSさんに伝えたくなかった。だから、僕はホテルに泊まりますと嘘をついた。そしたら、もう予約してあるのかと追求してくるので予約はしてないといった。そしたら、じゃあ一緒に探してあげると言ってスマホを取り出した。僕はもうどうしていいかさっぱりわからなくて、言われるがままに僕は彼女に従っていた。そして彼女がそこまでタクシーで送ってくれると言い出した。それは流石に悪いですよと押し問答をしていたけれど、お昼から夜まで待たせてしまったからそのお詫びがしたいと言われた。そして、タクシーに乗ってきてみたところが完全にラブホ街だった。これはもはや、そういうことかと僕は再びドキドキし始めた。すると彼女が「ねえ、〇〇くん」と言って言い淀んだ。僕は彼女の顔をみて固まった。彼女は「M.R」(芸名をM.Rとします)とSさんのAV女優としての芸名を言った。僕は露骨にギクっとした。彼女は僕が知っていることを知っていたみたいだ。

入室

「やっぱり知ってた?」 僕は決まりが悪そうな顔をしてはいと小さく答えた。 「そっかー。残念。」 「何がですか。」 「んー。」 そういってSさんは黙ってしまった。路地で二人で足元のアスファルトを見つめる。ビル風がびゅうびゅうと吹いて寒い。 「ごめんなさい。」と僕は何かを謝った。彼女からの返事はない。

「とりあえず、寒いから入ろっか。」 そういって彼女は慣れた様子でラブホテルに入店した。Sさんは急に人が変わったように素っ気なくなってしまった。僕は何もわからず何かの罪悪感に包まれて、ただただ彼女の後ろについていった。彼女は部屋に入るなりすぐにシャワーを浴び始めた。僕は一人で大きなベッドの上に腰を下ろして座っていた。非日常が過ぎてもう脳が容量オーバーだった。どうしたらいいんだろう。彼女はシャワーを浴びてバスローブ姿でてきた。シャンプーのいい匂いがする。すると、彼女はパチリパチリと順番に照明を消し始めた。「え、え、」と戸惑う僕をよそにライトはベッドの上のもの一つだけになった。彼女は僕をベッドに押し倒した。 「え、僕もシャワー浴びてきます」

「なんで?」

「だってSさんは浴びてるのに」

「Sさん?M.Rじゃなくて?」

「えと....」

「知ってたんでしょ?」

「はい...。いやでしたか?」

「いやじゃないけどさ。やっぱなーって感じ。」

「最初のきっかけはそうでした。でも、Sさんと文通みたいにやり取りしているうちに、普通に友達みたいな気持ちを抱いてきました。だから、僕の中でSさんとM.Rさんのイメージがぐちゃぐちゃになっちゃって。いつか言おうと思っていたんですけど、騙すみたいなになってごめんなさい。」

「やっぱり、シャワー浴びてきて。」

「わかりました。」

ここから先はただの官能小説になるのでカットします。僕はこの後Sさんとセックスしました。別に至って普通のセックスでした。電気も消したし、AVみたいにSさんが過剰に喘ぐこともなかったし、変態プレイもしませんでした。事後以降は、どのSさんの作品を購入したかとかを話して楽しく打ち解けてお話ししました。その後、僕はまた別件でいろいろと抱え込むことがあってFacebookを含めたSNSを消してしまったのでSさんとの連絡手段も途絶えてしまいました。今回のことを通して思ったのは、以外と世界は狭いってことでした。スクリーンの向こう側の人間だとか高嶺の花だとか思っていても、そう思っているのは男全員で、それでびびって声をかけない育児なしばかりだってことです。僕は別段イケメンでもないし、びっくりするほどの金持ちでもないし、彼女と出会えたのは単純にビビらず根気よくアタックしたからだと思います。もちろん、大いに運がよかったとは思いますが。とんでもない長文になってしまったけれど、ここまで前文よんでくれた人ありがとう。そして、正確にはこのタイトルは「元AV女優とセックスした話」なのにタイトル詐欺してすいません。ではまた。

河原の石

濁りきって先は見えない

逆らえない水流に押し流され

ごろごろごろごろ

互いに何度も打つかりあう

ごろごろごろごろ

水流に運ばれていく

どれもころころと角が取れて丸い

ここに目立った石はない

手の平サイズの小さな青黒い石

遠くの何処かでは原石が見つかるそうだ

今日も川はどんどんと新たな小石を押し流す

代わり映えのない景色

ごろごろごろごろ

ころころころころ

みんな丸くなる

どれがどれだかわからない

ここにあるのはただの石

そして土気色の川

何かの拍子に川から飛び出す小石

人間が広いあげる

ごつごつとして汚い石だという

人間は石を投げる

何度か水面を跳ねて水に沈む

再び流されていく石

ごろごろごろごろ

ころころころころ

いらいら

満腹感という感覚を失った。何かを食べてもお腹が膨れたという感覚を憶えない。その代わりに何を食べても胸焼けがする。吐き気を催す。しかし、お腹は減る。減り方もおかしい。だんだんとお腹が減るというのではなく突然に空腹を自覚する。何か作業としていると唐突に空腹感に襲われる。だから何かを食べようと思う。しかし、食欲はわかない。何か特定のものを食べたいとは思わない。しかし空腹感は感じる。だから適当なものを食べる。しかし、食べた途端に胸焼けがする。気持ちが悪くなる。吐きもしない。ただ気持ちが悪い。食べてるものがいけないと思ってバナナやヨーグルトなどを食べてみる。これでも気持ちが悪い。どうやら、これは身体の問題ではなく精神の問題なのかもしれない。イライラすることも多くなった。誰かの発言にいちいち目くじらを立ててしまう。僕はあまり忘れっぽい方ではない。誰かの発言の一つ一つを強く憶えてしまう。それが自分にとって納得のいかないことであればあるほど自分には強く印象に残る。しかし僕は滅多なことでは怒らない。些細なことだと思って流してしまう。わざわざ言うことでもないと思ってニコニコとしている。しかし、塵も積もれば山となるというやつだ。ドラえもんひみつ道具に「かんにんぶくろ」というものがある。「堪忍袋の緒が切れる」と現実でも使われる表現だが、それを物理的な道具としたものである。イライラが溜まってしまったときにこの「かんにんぶくろ」に吹き込むとイライラが収まるというものだ。これと類似したひみつ道具に「まあまあ棒」というものがある。「かんにんぶくろ」はイライラした本人が自主的にイライラを排出するのに対し、まあまあ棒はイライラしている人に対して他者が使用するものだ。誰かが怒っていても、「まあまあ棒」を口にあてて「まあまあ」と言えば怒りが収まってしまう。最大の違いは、かんにんぶくろがイライラを外部に排出できるのに対して、「まあまあ棒」が怒りを押さえ込むものであるということだ。作中では、スネ夫が「まあまあ棒」を使ってジャイアンに次々といたずらを仕掛けてはその怒りを押さえ込んだ。しかし、行き場のない怒りは蓄積し続けて最後には大爆発を起こすというのがオチである。僕の性質は「まあまあ棒」に近いような気がする。その場その場で言われた些細なことは「まあまあいいじゃないか」とその場で相手に怒りを示すことはない。しかし、長年のイライラが募ってくるとある日とても耐えられなくなってくる。全てを破壊してしまいたくなるような気がしてくる。僕の中のドス黒い感情が吹き出してくる。つまり、ラリってるようなキレちゃってるようなそういう状況だ。芸人の東京03のネタに「蓄積」というものがある。これも面倒ごとを押し付けられ続けた人がある日突然キレてしまう話だ。あれに少しにているような気もする。そうなるともう手が付けられない。僕の一番の困った点は見境がなくなることである。僕と親交の深い人の中には、怒られて当然の振る舞いを数多くする人も多いが、一度キレてしまった僕は、そういう人ばかりでなく誰かにつけて攻撃をしてしまう。そんな僕を見かねて心配してくれた友人にすら「お前のこれこれこういう面にだって常々イラついていたんだ」と八つ当たりをしてしまう。つまり、冷静じゃないのだ。周りがみえなくなって暴れ散らかすからタチが悪い。こういう状態が僕は周期的にやってくる。その度に怒り散らしていては友人たちに悪いので僕は距離を取ることにしている。自分の中の怒りが友人たちにぶつけられず何か他のことで排出されるのを待っている。どうしたってSNSなどで愚痴や悪口を書き込む頻度が増える。その時期はイライラで頭が占拠されていてそんなことしか考えていないからだ。だからいっそのこと消してしまうことが多い。その方が迷惑がかからないと思うからだ。しかし、そうすると何人かの優しさのない友人は「SNSすぐ消したりするのかまってちゃんできもい」などと言ってくる。ならいっそのこと其奴に怒り散らしてやろうかとも思うが、やったことはない。というかそんなことを言う人はそれも望んでいないだろう。要するにそういう人間は相手にいつでもニコニコしていることを望んでいるのだ。「愚痴なんて俺に吐き出してくるんじゃねえ面倒臭いな」というわけだ。嫌になる。この状態になると僕は睡眠周期がイカれてしまう。夜になかなか寝付けない。寝られても3時間ほど。しかし昼には眠くなる。それならいっそのこと昼間にたくさん寝てしまおうと思ってもやはり2、3時間で起きてしまう。総合すれば1日5、6時間は寝ているのだろう。しかし、そんな睡眠では疲れがとれない。余計に疲れてしまう。運動不足だろうと言われることもある。しかし、僕は週に二回はアイスホッケーという激しめのスポーツをしている。運動量は申し分ない。要するにやはり精神的なものなのだろう。先日、酔っ払って無理やりにでも寝てやろうと思って冷蔵庫に残っていた酒をかっくらった。いつもは缶チューハイ一本で酔っぱらえる僕だったが、不思議なことに酔えなかった。ちっとも酔っぱらうという感覚がない。おかしいと思って二本、三本といつも以上に酒を飲んだ。まだ酔えない。と思ったら急に気持ちが悪くなり吐いてしまった。結局その日もあまり寝れなかった。この周期的にくるイライラの根源はなんなのだろうか。単純に忙しい時期だからだろうか。男性にも生理的な周期というものが実は存在するのだろうか。僕はつまりどうして欲しいのだろうか。食欲もわかず、寝られず、酔わず、ただただ沈め込んだ怒りが浮上しないように不安定にぼんやりとしている。誰かに心配して欲しいのだろうか。大丈夫かと言って欲しいのだろうか。それでも僕は大丈夫だと言うだけであろう。なんでもないよと強がるだけであろう。それは僕が誰かを傷つけたり、敵に回すことへの勇気がないからだろう。「ふざけんなお前このやろう、この前のあれ俺は納得してないぞ」と相手にぶつける勇気がないのだろう。僕は相手を信頼していないのかもしれない。相手がその言葉を素直に受け入れてくれるビジョンがみえない。「そうだな。すまなかった」と謝罪してもらえると思えない。「いやいや、そんなこと言うけどお前も」と反論を受けるか相手もムキになってキレることしか考えられない。僕は誰かを怒らせた時は心から謝罪している。しかし、相手がそれをしてくれるとは思えない。それはただ相手の振る舞いが大人で僕が未熟だから僕が怒られ謝罪することは必然でもその逆はありえないからなのだろうか。それとも僕がうまく丸め込まれているだけなのだろうか。「自分が正しいお前が間違っている」と主張する強さが今の僕にはないのだろうか。昔はあった。そうやって幾度も人を泣かしてきた。ときには暴力に訴えたこともあった。しかし、そこに残るのは罪悪感と虚しさだけである。誰かを傷つけても僕の気持ちなんてのは報われない。じゃあどうしたらいいんだろうか。許すとは忘れることである。忘れるしかないのか。時間が解決するのだろうか。このまま耐えていくしかないのだろうか。もう嫌になってきてしまった。とりあえず今の僕には余裕がない。何かの拍子に折れてしまいそうだ。まとまりのない文章ですまない。ここまで読んでくれてありがとう。

コントロールフリークの憂鬱

はじめに

皆さんの周りにコントロールフリークはいますか?同義語や類義語で言えば、仕切り魔、よく言えば輪の中心的な存在、遊び場の提供役、リーダー、班長、部長、etc. まあ、今回は悪い意味での話をしようと思うわけです。つまり、「みんなの輪の中心の人気者」的な存在と言うよりは、いつでもガヤガヤうるさくて仕切りたがるから時々イラつくけどそれでもアイツが遊びの企画したりしてくれるからなんやかんや俺たち集まって遊んでるよな的なやつの話です。というか皆さんお気づきでしょうけど、僕の話です。どこのコミュニティでもその役割をしていると言い張るつもりはありません。たまには僕も受け身で楽々生きています。みんなそんなもんだよね。どっか行けばみんなリーダーズラしたりしてるもんじゃないですか?いやそうでもないのかな。わからんけど。でも誰でも飲み会の幹事ぐらいはしたことあるよね。

最近考えたこと。グルーとは。

さて、どうして色々な言葉の表現がある中で今回はコントロールフリークというある種悪い意味合いの言葉を主題に持ってきたかといいますと、僕が誰にでも気を遣える完璧な人ではないからという謙遜からです。自分で謙遜って言っちゃう時点で謙遜できてませんが。通常の人間関係を築いている皆さんなら大抵どこかのコミュニティに所属していると思います。ここでいうコミュニティへの所属とはクラブチームや会社の部署のような形式的なものではなく、友人関係の曖昧なコミュニティを指します。そしてそのコミュには大抵、リーダー的な存在、英語で言うと「グルー」という存在がいます。グルーとは英語で接着剤のことで、要するにその人がグループの他のメンバーをくっつけているよねっていう存在のことです。コントロールフリークはどの場所にいてもその場所を支配したがる人のことを意味するので、ここで僕が話したい「コミュニティの形成、存続をする人」という意味ではグルーの方が適切だと思うのでここからはグルーという単語を使います。(いや、カタカナ使う必要ないだろ仕切り魔って言えよ英語アピうざいわクソ帰国子女がくたばりやがれきもいんだよウジ虫が生きてる価値ねえよゴミがって思う人はグルーを脳内で自分の思う日本語に変換してお考えください。)あいつがいないと会う頻度がだんだん落ちて連絡取らなくなりそうだなとか思う人がいたらそれです。大抵、そのグルーによってグループは発生します。さて、皆さんはグルーになった経験はどれぐらいあるでしょうか。僕はしょっちゅうなります。多分、人が好きなんでしょうね。

グルーになる人の特徴

グルーになる人の特徴はまず、おしゃべりです。好奇心旺盛で自分の興味の幅が広く、様々なことに手を拡げます。その分一つのことに対する知識量が薄かったりします。しかし、その分多くの人に相手の得意分野についてずけずけと質問責めを浴びせたりするので変なところで物知りだったりします。様々なタイプの人間と話をするので、価値観が広くなっておおらかになり、些細なことを気にせず、逆に神経質な人への対応が雑になったりします。神経質な人に「あの人はなんでもベラベラお話しして無神経な人だね」とか陰口を囁かれるタイプです。

嫌いなタイプのグルーについて

さて、そんなグルーですが僕には嫌いなタイプのグルーがいます。グルーがグルー嫌いってただの同族嫌悪じゃないのって言われるかもしれませんがそうではありません。なんかグルーグルーって書いてたら東京グールに見えてきました。僕はグールじゃないです。コーヒー好きだけど。(あれ?)。さて、グルーには特権があります。それはなんでしょうか。簡単です。誰と誰をくっつけるかを選べることです。自分の好みの人間を選んでコミュニティを形成することができます。つまりは、苦手な人と関わらなくてよいというケースが多いです。言い換えます。仲間外れができます。そうです。グルーがいじめの根幹です。悪質なグルーは露骨に仲間外れをします。誰にだって好き嫌いはあります。個人的にあの人が嫌いだと意思表示することは誰にでもある権限です。誰だって誰かが嫌いで誰かが好きです。でも僕はグルーはそれをやってはいけないと思うのです。グルーが誰かを嫌って、その人を排除しようとすればコミュニティ全体で弾くことになります。個人間の争いはフェアだし、本人たちが存分に喧嘩すればいいと思いますが集団対個人は卑怯です。だから、グルーは誰かを仲間外れにしてはいけません。しかし、世の中にはそういうことをするグルーがごまんといるのです。かばたれあんぽんが!!!!

グルーの憂鬱。

さて、ようやく今日の本題です。いきなりタイトルから「グルーの憂鬱」だと意味がわからないと思い、タイトルはコントロールフリークのとしてありますが僕が本当に話したかったのは「グルーの憂鬱」というか「僕の憂鬱」です。ここまでこの長文を読んでくれた今のあなたになら「グルーの憂鬱」の意味がわかると思います。さて、そんなグルーですが、可哀想な面もあります。「おしゃべりでいつもお気楽やってずけずけ言いたいこと言ってんのに悩みなんてあんの?」と言いたくなるかもしれませんが聞いてください。まず一つ目は、だんだんとコミュニティにグルーが必要なくなることです。最初はグルーという名の通り接着剤の役割を果たしており、そいつがいるからコミュニティが生まれて存続しました。しかし、歳月が経つにつれてコミュニティの個人間の親密度も高くなり、グルーが存在しなくても仲良しになるのです。そして、グルーの特徴はさきほど挙げた通り「ずけずけと話すお調子者」です。はじめこそはグルーの作り出した雰囲気だったとしても、個人間の親密度が高くなるにつれてそのコミュニティ独自の空気感が生まれます。それを察してグルーはグルーから一人のコミュの一員にスライドしなくてはなりません。しかしそれができないグルーもいます。そんなグルーはだんだんと「空気の読めないお邪魔虫」に変貌していきます。はじめこそはそいつきっかけで生まれたコミュニティでも気付いたらそいつがハブられていたというのは典型的なパターンです。そして巣立ったグルーはまた新しいコミュニティを作ろうとします。まあ、それはそれで平和でいいですけどね。僕はそういう形でハブられるグルーを幾度となくみてきましたし、僕もそうやって巣立ったコミュニティがいくつかあります。グルーの気持ちに共感できる僕は彼らにすごく同情します。ちなみに、そのようにハブられたくないグルーが自分にとって都合の良い雰囲気を維持しようとしてさきほどのあげたような仲間外れをします。それは可哀想だから仕方ないとは僕は思いません。なんだろうと仲間外れはよくありません。自分で自分の殻を破っていくしかないのです。だから僕は誰でもそのコミュニティに参加したかったらウェルカムです。しかし、中には人見知りのメンバーがそれを拒絶したりします。先ほども言った通り、個人が個人にたいして嫌悪感を出すことは必然の権利だと僕は思っています。だからグルーが彼らのバランスを取ったりしなければなりません。それも良識あるグルーの役目です。だんだんと仲介しながら二人をくっつけていく。でもグルーも人間です。苦手なタイプの人間もいます。そういう人ともうまく付き合っていくのが良識あるグルーです。自分が嫌いだとしても他のメンバーは好きかもしれない。だからなるだけ穏便に苦手な人も取り込む。そういう苦労のあるグルーもいるわけです。とても気苦労してしまうこともあります。だから、自分の嫌いな誰かをグループを排除するという楽な選択肢をとるグルーにとても嫌悪感を僕は抱きます。そんなことが重なって最近は疲れてしまいました。そういう話です。やっぱり1番の友情ってのは一対一のやりとりで生まれるよ。ここまで読んでくれてありがとう。ではまた。

言葉が意味を生むのか、意味が言葉を生むのか

「考えるヒント」を読んでるよ

こんにちは。ねおらるです。今日はタイトルの通り小難しい話を書きたいと思います。現在、小林秀雄さんの「考えるヒント」という本を読んでいます。これはエッセイ集で、その中の「言葉」というエッセイについて話してみたいと思います。これは少し古い本で初回出版は1974年です。タイトルはとても優しそうなのに内容はなかなか手強いです。はっきりいってあんまりわかりません。同じく批評家の外山滋比古さんの著書「乱読のセレンディピティ」にて「百パーセントわかったつもりの本も、実は本当にわかっているのは、七、八十パーセント。のこりの不明な部分は、”解釈”によって自分の考えで補填しているのである。したがって、本を正しく読んだという場合でもかならず、自分のはたらきで補充した部分があるはずで、まったく解釈の余地のないものは、一ページも読むことはできない。」と行っています。僕も自分なりに「考えるヒント」の中で面白いと思ったアイデアを解釈したいと思いここにまとめたつもりです。僕の読解能力が高ければ、これはただの要約になるだろうし、そうでなければ僕の解釈によってでっちあげた新たなアイデアということになるかもしれません。

要約してみた

本居宣長に、「姿ハ似セガタク、意ハ似セ易シ」という言葉があります。つまり、「言葉というものは真似することが難しいが、その意味を真似することは容易い。」ということです。反対のような気もします。ただの言葉を猿真似することはたやすく、意味を模倣することは難しそうです。当たり前ですが、言葉には意味があります。そして、”言葉”と”意味”というものは表裏一体でくっついているようで本当は独立しているものです。なぜなら、同じ言葉を用いても、その言葉の聞き手の解釈によって意味は異なってくるからです。これも当たり前のような気もします。だから、言葉において、意味とは二の次なのです。まず、そこにはただの言葉というものがあり、そしてその言葉が意味を生むのです。子供は言語の習得が早いです。それはなぜかと言えば、言葉に意味を求めないからです。子供はわけもわからず言葉を真似します。そしてその言葉が意味を生み出していくのです。大人になると外国語を学ぶのが難しいといいます。それは大人になると、意味を求めているからです。新しい外国語を聞くたびにその意味を知ることに重きを置きます。子供は違います。大して意味など考えないのです。ただ言葉に触れてその言葉を使役します。だから子供は残酷だという人もいます。確かに子供は平気で強い言葉や無礼な言葉を使ってしまいます。なぜならば、それを”意味”していないからです。子供にとって「ばか」も「くたばれ」も「motherfucker」も大差がないのです。ただなんとなくその場の雰囲気でなんとなく人が使っていたフレーズを使うのです。つまりは人間とは言葉を真似ることによって意味をうむのです。

実体験と結び付けて考える

海外留学をしていて、これはわからなくもないなと思うことがあります。例えば、「Bless you」というフレーズがあります。ご存知の方も多いと思いますが、これは誰かがくしゃみをしたときに周りの人がかける言葉です。これは元々はキリスト教の言い伝えの一つで「くしゃみをすると魂が抜けて病気にかかる」という迷信から「あなたに神の御加護がありますように」という意味でつかっていました。それが慣習となりました。つまり「Bless you」という言葉があります。そして僕はこのようにそこに意味を求めています。現在の使われ方で推察すれば、「神の御加護がありますように」というよりも「お大事に」に近いかもしれません。しかし、日本では他人がくしゃみをしたときにいちいち「お大事に」とはいいません。だからいつも僕は少し戸惑います。自分らしく、つまり日本人の自分というものをそのまま表現すれば、誰かがくしゃみをしたときには無視するべきです。しかし、アメリカにいる以上失礼にもなりえます。だから郷に入っては郷に従えよろしく「Bless you」と言うべきかもしれません。

このように僕は「Bless you」という言葉に意味を求めています。しかし、アメリカ育ちの子供たちはそんなことを微塵も考えていないことでしょう。親が言っているから自分もいうのです。そこに意味はありません。人間とは本来、言葉を模倣することで自分を他者に模倣して社会に溶け込む生き物です。僕だって2歳か3歳の頃に食事の前に馬鹿みたいに「いーたーだきます!!」と手を合わせて叫んでいましたがそこに意味なんて求めたことはありませんでした。もう少し大きくなって自我が芽生えてきてから後付けで親から自然の恵に感謝していただくってことよと言われたり、小学校の先生から農家の人々に感謝していただきますという意味よと教わりました。しかし、現在友人とご飯を食べるときに「いただきます」という言葉を使ったからといってそのように心で意味しているかと言われると甚だ疑問です。言葉は言葉でしかありません。だから、言語を学ぶ上で、あまり言葉に意味を求めてはいけないのです。ただ使う。とにかく使う。それだけです。多くの言葉を知り、賢い人であればあるほど、ネイティブのように外国語を学ぶことができなくなるのはそういうことなのかもしれません。ここからは偏見と悪口になりますが、英語の発音の上達の上手い人ほどその実馬鹿であることが多いです。マジで。「英語ペラペラかっこいい〜!」ってわけもわからずいう人が多いですがあいつら大体馬鹿ですよ。ちょっとこの言葉の意味説明してみてとかいうとはちゃめちゃなこといい出しますから。テレビに出てるハーフタレントとかが良い例ですよね。英語ペラペラだけど、馬鹿じゃないですか。なんてね。全部冗談です。お前が英語の発音そうでもないからってそうやって他人を馬鹿にするなって言われたらマジでぐうの音もでません。

最後に

僕も馬鹿になってペラペラ話していっぱい間違えて恥かいてみようと思います。そしたらもっと英語ペラペラになるかもね。いや、別に普通にこっちの授業についていけるぐらいには英語できるけどね。いやなんのこっちゃねん。最終的に悪口に着地するところが僕の性格の良さがでまくっていますね。ここまで読んでくれてありがとうございます。よかったらみなさんも小林秀雄さんの「考えるヒント」を読んでみてください。そしてその解釈違うよって思ったら議論でもしましょう。では。

元カノに会った話

朝、いや、深夜4時と言った方がいいのだろうか。枕の下でぶうぶうと唸るスマホに起こされて僕は目を覚ました。寝ぼけ眼で真っ暗な部屋で光るスクリーンをみつめた。LINEの着信だ。元カノからだった。まったく日本とアメリカには時差というものががあるんだから電話をかける時間ぐらいを少しは考えろと思った。しばし躊躇ったが、結局は電話にでることにした。眠気や疎ましさよりかは、久しぶりに話してみたいという好奇心が勝った。

「もしもし。」

「もしもし?ごめん寝てた?」

当たり前だろと思いながら「寝てたよ」と返す。

「いま、アメリカいるんだけどさ。」

そういえばそうだった。彼女は有給をとってアメリカにきているらしい。こちらにいる友人とロサンゼルスからネバダ州のグランドキャニオンまでドライブ。途中のラスベガスでカジノに負けまくったとか、潔癖症なのに車中泊みたいなことしてマジで最悪だったとか、それでも星が綺麗だったとか、彼女は嬉しそうに語った。彼女の話の8割はアレが気に食わなかったとかムカついたとか悪口寄りの愚痴である。僕はそれを淡々と聞いていた。

「もう今日の朝の飛行機で帰っちゃうんだけどさ。空港に8時。」

ああ、そうか。それで腑に落ちた。僕が日本に帰国した時、彼女は曖昧、というか中途半端な態度ばかりとっていた。行けたらいくとか、忙しいといいながら日程を提案してみたり。大方の検討はついている。彼女は会いたかったのだろう。でも、もう別れたのにいつまでも引きずっていられないし、会ってしまえば寂しくなるに決まっている。だからやめておけ、と友人に猛反対でもされていたのだと思う。

今回の彼女の行動はそれを裏付けたような気がする。朝4時の電話、8時に空港。会おうと思えば会える時間、時間ないしまた今度だねと断っても自然な時間。彼女は僕の気持ちを試している。

「空港まで送ろうか?」

自分でも都合の良い女(男だけど)のような行動だとはわかっていた。僕の住む町から、彼女の泊まるハンティントンビーチの近くのモーテルまで、車で40分ぐらい。僕はシャワーを浴びて、歯を磨き、髪の毛をセットした。彼女はこの服は嫌いだったかな、この服が好みだったかなとか、ぼんやりと思い出しながら服を選ぶ。30分ほどで支度を済ませて、家をでる。彼女と別れてからめっきり色気のない生活をしているから服も新しいものを買っていない。ロサンゼルスといえど、流石に1月の早朝は肌寒かった。車で流す音楽のプレイリストの選曲に迷った。僕はどんな気分で会いにいくべきなんだろうか。別になにかあるわけでもないさ、と無難な洋楽をかけた。下道を少し走り、ハイウェイに乗り換える。カリフォルニアの高速道路の大半は無料である。ニューヨークとか日本の高速が有料なのはそうしないと高速にならないからだろうか。

考え事をしているうちにあっという間に目的地についた。彼女に着いたよとLINEを送る。二階建ての簡素で手ごろなモーテル。僕もアメリカ横断の時は何度もここにお世話になった。モーテルは日本の建物で例えると、ホテルというよりは安アパートの見た目に近い。一室の扉が空き、彼女が男と二人でキャリーバッグを転がして出てきた。彼らは受付へとむかってチェックアウトを済ました。僕はそれを駐車場に泊めた車の中からぼんやりとみていた。探偵、いや、ストーカーみたいだ。彼女がスマホを取り出して「どこ?」と送ってきた。僕は車を降りて手を振った。彼女はメガネにマスクだった。そういえば「スッピンだけどいい?」とわけのわからない質問をさっき電話でしていたっけ。ばっちし化粧して飛行機に乗り込む方が不自然だから別によいのだが。男と簡単な別れの挨拶を済ませて、彼女はこちらに歩み寄ってきた。僕は彼女からスーツケースを受け取ってゴロゴロと転がした。

「助手席に乗っていい?」

またわけのわからない質問だ。タクシーじゃないんだから、二人で車に乗るときに後部座席に乗り込まないだろと心の中でつっこみをいれながら鼻で笑っていいよと返す。そういえば、彼女は僕のこの鼻で笑う仕草が大嫌いだった。

僕がトランクにスーツケースを積み込む間に彼女は助手席に座っていた。僕も運転席へと入る。

「ひさしぶりだね」という彼女のひとこと。

「酒くっさ!」と僕のひとこと。

「うっそぉ!におう?」

「まあ。酒飲んでたことは分かるかな。」

におうにおう。仁王門だよ。まじ金剛力士像。マスクを通してでも伝わってくる酒の匂い。まあ、そりゃそうか。彼女が僕に電話してくるのは決まって酔っ払っているときだ。夜通し飲んでいたらしい。アメリカにきてこの五日間ぐらいは毎日酒を浴びるようにかっくらっていたらしい。相変わらず彼女は変わっていない。

「時間微妙だしどこかで朝ごはん食べない?」

「いいけど、そんな酔っ払った状態で食べれるの?」

「お腹は減ってないけど何か話したいじゃん。」

「こんな早朝から会いてるのはIHOPかデニーズぐらいだよ。」

「出た!IHOP!」

そういえば以前、彼女が僕に会いにアメリカにきたときに一緒にIHOPへ行ったっけ。

「じゃあ空港近くのIHOPにしよう。」

僕は車を走らせた。再び彼女が僕の助手席に乗っている。彼女はしきりに変な気分だねといっていたけれど、僕は別段変わった気もしなかった。いざ彼女を目の前にすると、僕は「いつもの調子」だった。淡々と彼女の話をきいていた。

IHOP、いわゆるパンケーキやコーヒーをだすダイナーのようば店についた。僕も彼女もあまりお腹が空いていなかったので一つのプレートを二人で分けることにした。

彼女は近況報告をたくさんした。結婚を前提に付き合って欲しいといってきた男がいるとか、趣味でなんとかという(名前は忘れた)ダンスを始めてインストラクターの資格もとったとか、二人で作っていたバケットリストというノートのでてくる「最高の人生の見つけ方」の日本人版のリメイクの映画をみたとか、アメリカに住む友人が大麻を吸っていて不快だとか。そして、罰が悪そうに12月からタバコを吸っていないと付け足した。彼女は僕がタバコ嫌いだと思っている。僕と付き合っているときは彼女はタバコを控えていた。しかし、僕はタバコが嫌いではない。僕自身がタバコを吸うことはないし、誰かに勧めたりすることもしないが、嫌いではない。確かに僕は彼女にタバコをやめさせようとした。でもそれは、僕がタバコが嫌いだから僕の目の前で吸うなといいたかったのではない。健康被害がでるからやめさせたい、という気持ちも勿論あった。大切な彼女が自分の身体を傷つけるようなことをしているのだからそういう意味では辞めさせたかった。けれど、本心ではそこがメインではなかった。そもそも、彼女はどうして、タバコを吸うのだろうか。そして、僕はどうしてタバコを吸わないのだろうか。もっと大きな話をすれば、人はどうして深酒をするのだろうか、暴飲暴食をするのだろうか、リストカットするのだろうか、大麻を吸うのだろうか、カジノをするのだろうか、覚醒剤をやるのだろうか、自殺するのだろうか。それらのある種の自傷行為の根幹は精神的なものだ。生理現象ではない。人はストレスを抱えて、悩み、孤独を知って、社会に揉まれて、理不尽に耐えて、報われない努力を続けて、懸命に生きている。生きるのってそれだけで大変である。毎日起きて、ご飯を食べて、働いて、勉強して、嫌な相手とも向き合って生きている。ときには誰かに、何かに頼りたくなる。それが、希望だと思う。家族からの愛、友人からの愛、大好きな音楽、本、ゲーム、スポーツ、etc.大袈裟な言い方をすれば、喫煙者にとってタバコとはそういうものの一つだと思う。彼らは満たされない何かを満たすために、不安な毎日から逃れるために、タバコにすがっているのだと思う。それはお酒でも大麻でも同じだと思う。だから、僕はタバコが嫌いではない。世の中には、現実に耐えられず自殺してしまう人もたくさんいる。死ぬくらいだったら、タバコでもお酒でも大麻でもなんでもやっていいと思う。それでも僕は生きて欲しい。僕が本当に嫌いなのは、タバコを吸わないとやっていけない彼女の悩みのタネそのものだ。彼女が抱える現実だ。だから僕は彼氏としてそれを癒してあげたかった。たくさん一緒に笑って、ハグして、美味しいものを食べて、外で運動して、色んな場所へ行って遊んで、たまには喧嘩して泣いたり、そうやって彼女を満たしてあげたかった。辛い現実にも、一緒に向き合っていたかった。僕が彼女のタバコになってあげたかった。そうしたら、彼女はもうコンビニで高いお金払って身体に負担をかける必要もなかった。だから、僕はタバコが嫌いなのではない。

「それで?何か私に話したいことないの?」

「うーん、特にないかなあ。」

7時20分。そろそろ時間だ。僕は彼女を空港まで送った。駐車場に車を泊めて一緒に受付へと向かう。

「いつ日本に帰ってくるの?」

「とりあえずの区切りはあと二年かなあ。予定ではそこからプラス三年。だから五年後ぐらいかな。そんなこといってもなにもわからないけどね。」

「そっかぁ。」

搭乗券の発券、荷物の預入を済ませる。身体検査の入り口まで歩いた。付き添いがこれるのはここまでだ。ここからさきは搭乗券のある人だけが通れる。僕は彼女と一緒には行けない。

「じゃあ、元気でね。」

「そっちも。」

どちらともなくハグをした。

「寂しくなってきちゃった。帰りたくないなあ。」

僕はなにも言わなかった。

「また夏に帰れたら帰るよ。」

「わかった。」

エスカレーターに乗って彼女が遠ざかっていく。僕は控えめに手をふった。彼女はスマホを取り出して僕の写真をとっていた。彼女は最後に大きく手を振っておくへ進んでいった。

僕は一人で車に戻った。シートベルトをしてエンジンをかける。空港を出てすぐに高速道路に入る。アクセルをいっぱいに踏み込んだ。またここで僕は一人でがんばらなきゃ。